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錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


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221/289

街の危機だ!奇跡のポーションがほしい!

無敵の壁と、呼吸のための処方箋


ガランガランガランッ!!


白亜の要塞――アトリエ・くぼ地の重厚な扉が、千切れるような勢いで開かれた。


「店主! 助けてっ! 『淀みの迷宮』の結界を、誰かが壊しちゃったみたいでっ!!」


血相を変えて転がり込んできたのは、冒険者ギルドの男性職員だった。

制服は乱れ、肩で激しく息をしている。顔からは完全に血の気が引いていた。


「……落ち着いて話せ」


カウンターの奥で錬金釜を回していた店主が、手を止めることなく淡々と応じた。

その声に焦りは一切ない。


「お茶をどうぞ。冷やしてありますよ」


リヒャルトが流れるような手つきで、冷ました茶の入ったグラスを差し出す。


それと同時に、職員の膝裏へ、メテスが無言でそっと椅子を添えた。


すとん、と。


職員は吸い込まれるように椅子へ座り込み、差し出された茶を一気に飲み干す。


「はぁ〜……生き返るわ〜……。ごめん、いつものポーションもお願い!」


「はい。かなりお疲れのようですね」


リヒャルトがカウンターの下から『疲労回復ポーション』を滑らせる。


職員はそれをぐびっと煽り、大きく息を吐き出した。


「……ぷはっ! やっぱりこれだなー!」


チャリン。


「……銀貨二枚。緊急時の特急料金込みだ」


満足げに空の瓶を置いた職員の手元から、メテスが静かに、だが有無を言わせぬ圧で料金を回収する。


アトリエ・くぼ地の、完璧すぎる連携だった。


店主は釜の火を少し落とし、ようやく職員の方へ向き直る。


「……で? どうした」


その冷ややかな声に、職員ははっと我に返った。


「くっ、くつろいでる場合じゃない!!」


ガタッ!!


勢いよく立ち上がった拍子に、椅子が床を激しく擦る。


「きゅっ!?」


クリムが驚いて店主の肩で跳ね上がり、


「グルル……」


ルゥが低く唸った。


「あっ、すまない。……結界が壊れて、ダンジョンブレイク寸前なんだ」


「……大事じゃないか」


「店主のポーションがいる!」


すがりつく職員を前に、店主は小さく鼻を鳴らした。


「ダンジョンブレイクね。……だが、この街の冒険者連中は、素手で飛竜の首をへし折るような化け物揃いだろ。魔物が何百匹溢れようが、あいつらにとっちゃただの稼ぎ時じゃないのか」


店主の指摘に、職員は悔しそうに唇を噛んだ。


「魔物自体は問題じゃない! 問題は『淀みの迷宮』特有の、あの猛毒の濃霧だ! 魔物の群れと一緒に、地下に溜まっていた致死量の瘴気が地上へ噴き出そうとしてるんだ!」


職員の悲痛な声が響く。


「前衛の連中は魔物を片っ端からミンチにしてるけど、霧のせいで呼吸ができない! このままじゃ、魔物にやられる前に瘴気で肺が腐って全滅する! 早く、霧を全部吹き飛ばすような奇跡の薬を……っ!」


店主は小さくため息をつき、

カウンターの下から三つの選択肢を並べた。


「奇跡なんてねえよ。だが、前線を維持する選択肢ならある。ギルドの人間として、お前が選べ」


職員が息を呑む。


ひとつめ。淡い緑色の液体。


「『完全防毒のフィルター』。物理的な解決だ。これを飲めば瘴気は完全に無効化される。……だが、希少素材の塊だ。前衛全員に配れば、ギルドの金庫は夜明け前に底をつく」


ふたつめ。透明な液体。


「『痛覚と嗅覚の遮断薬』。肺が腐る痛みも息苦しさも感じなくなる。だから死ぬまで笑顔で剣を振れる。……安価だが、明日には街のトップランカーが半数死体になるぞ」


職員の顔が再び蒼白になる。


「な、なにそれ……。破産するか、冒険者を使い潰すかじゃないか! 他にはないの!?」


「あるぞ。みっつめだ」


店主は最後に、不格好な素焼きの壺を前に押し出した。


「『局所浄化の陣地香』。広範囲の霧は消せないが、焚いた周囲数メートルだけは清浄な空気を保てる」


一拍。


「つまり、前衛は息が続く限り戦う。限界が来たらこの香の陣地まで下がって深呼吸し、また戦場へ戻る」


店主の目が、冷酷に事実を突きつける。


「一発逆転の奇跡じゃない。泥臭いローテーションで、ひたすら持久戦をやるだけの『呼吸のための処方箋』だ。しかも香を管理する人間は、最前線のすぐ後ろっていう死地へ立つことになる」


破産。

壊滅。

そして、終わりの見えない消耗戦。


職員は震える両手を強く握り締め、やがて顔を上げた。


その目には、もうパニックの涙はなかった。


「……みっつめを」


一拍。


「お金も命も失うわけにはいかない。私たちが前線で香を焚く。だから、どうか……!」


その決断を聞き、店主は口角をわずかに上げた。


「……上出来だ。泥を被る覚悟がある奴には、手を貸す価値がある」


店主は素焼きの壺を専用の保護箱に収め、自分の腰のポーチへ押し込んだ。

そして、カウンターに置いてあった外套を乱暴に羽織る。


「……リヒャルト、メテス。準備だ」


「はい。後方支援用を優先して詰めます」


リヒャルトが流麗な動作で鞄を開き、瓶を選り分けて詰めていく。


一瞬、棚の奥にある物騒な色の瓶へ手が伸びかけたのを見て、店主が釘を刺す。


「殲滅用は置いていけ。俺たちは呼吸の管理に行くんだ。脳筋どもの獲物を横取りしてどうする」


「……承知しました」


リヒャルトが何食わぬ顔で、もっと地味だが確実に命を繋ぐ色の瓶へ持ち替えた。


メテスは重厚な盾を背負い、静かに、しかし絶対の闘気を立ち上らせる。


「……店主とリヒャルトは、俺が守る」


職員が驚いて目を見張った。


「えっ……店主たちも来てくれるの!?」


「当たり前だ」


店主は裏口を開けながら鼻で笑った。


「戦闘狂の冒険者どもが、自分のタイミングで大人しく後退するわけがないだろ。首根っこ掴んで無理やり呼吸させに行くんだよ。……俺の現地出張料は、高くつくからな」


「きゅっ!(出陣!)」


クリムが勇ましく鳴き、


「わふっ!(殲滅!)」


ルゥが牙を剥いて吠え、一番に駆け出した。


「だからお前らも、殲滅じゃなくて支援だって言ってんだろ……」


店主のぼやきを置き去りにするように、頼もしくも少し物騒な弟子と魔獣たちが、決壊寸前の迷宮へ向かっていく。


ポーションは奇跡を起こさない。

だが、窒息しそうな現実に、少しだけ呼吸をするための隙間を作ることはできる。


騒がしい足音が白亜の要塞を飛び出していく。


残されたアトリエには、西日だけが静かに差し込んでいた。



誤字を修正しましたm(_ _)m

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