あの子の前で、決まりたい。
「……頼む。決まるやつをくれ」
カラン、とけたたましく扉が開いた。
入ってきたのは、派手な羽飾りのついた帽子を被り、不自然なほどマントを翻した若い魔術師だ。
身なりは一流。だが、その顔は切実を通り越して、どこか喜劇じみた悲壮感に満ちていた。
「……なにが?」
俺はカウンターの奥で、粘り気のあるトカゲの尾を煮込みながら尋ねた。
足元では、クリムが「きゅ?」と不思議そうに首を傾げ、
ルゥが「わふ……」と、呆れたように低く息を吐いた。
少し離れた調合台では、リヒャルトがラベルの束を整える手を止める。
店の奥で荷を運んでいたメテスも、無言で顔を上げた。
隅の卓では、アルテルナが積み上がった紙束を前に露骨に嫌そうな顔をしており、その隣でゲッセネスが当然のように次の束を抱えて待機していた。
「ポーションだ! 最高のタイミングで、
最高の『決めポーズ』ができるやつを!
いつも、魔術を放った後の爆破を背にポーズをとるんだが……
どうしてもズレる。早すぎれば、ただの格好つけだし、遅すぎれば煙に巻かれて咳き込むだけだ。
これじゃ、ヒーラーのあの子がときめいてくれない!」
建前は、戦場における士気高揚の演出。
だが、その裏にあるのは、あの子の視線を独占したいという、あまりに純粋で、あまりに空回りした恋心だ。
「で、お前はどうしたい。爆破を制御したいのか、それとも、自分を制御したいのか」
俺は鍋の火を弱め、棚から三つの小瓶を並べた。
「一本目。『瞬きの拍動』。反射神経と動体視力を一時的に極限まで高める。爆発の光を見た瞬間に、筋肉を最適な形へ固定できる。物理的なタイミングのズレを直したいならこれだ」
魔術師の目が輝く。
俺は二本目を指先で弾いた。
「二本目。『英雄の残光』。精神的な威圧感と存在感を底上げする。多少ポーズがずれても、多少顔が引きつっても、周囲には『なんだか妙に格好いい』という錯覚を与える。認識の歪みで押し切る薬だ」
魔術師がごくりと唾を飲む。
そして三本目。
「『絶対定点・黄金比』。服用後、特定のキーワードを唱えた瞬間に全身を“最も美しく見える角度”で完全硬化させる。十秒間は石像みたいに動けない。爆風が直撃しても、背後で魔物が吠えても、お前は絶対に揺るがない」
一拍。
「ただし、硬化してる間にヒーラーのあの子が襲われても、お前は助けに行けないがな」
「……きゅきゅ」
クリムが三本目の瓶を、恐る恐るつついた。
毒親からの手紙を魔導シュレッダーにかけていたアルテルナが、冷めた目で魔術師を見た。
「……それ、ポーズの問題じゃないと思いますよ。爆発の熱でマント焦がしてるのに気づかないから、彼女、引いてるんだと思います」
「なんだって……!?」
リヒャルトも、調合台を片付けながら静かに口を挟んだ。
「戦場において、背後の確認を怠り、しかも十秒も硬化する魔術師は、ヒーラーからすれば“最も手のかかる護衛対象”でしかありませんね。ときめく前に、仕事が増えたと溜息をつかれますよ」
魔術師は、ガーンと打たれたような顔でカウンターに突っ伏した。
「じゃあ……俺はどうすればいいんだ……」
「……鏡を見ろ」
メテスが、重い荷箱を置きながら短く言った。
「背中の爆音より、自分の顔の方が先だ」
魔術師はしばらく固まっていた。
やがて、恐る恐る二本目――『英雄の残光』へ手を伸ばす。
「……少し、自分に自信が持てれば、タイミングなんて気にならなくなるかもしれないな」
小瓶を握る指先から、さっきまでの必死さが少し抜けていた。
「……ありがとう、店主」
彼はそう言い残し、今度は少しだけマントの裾を気にしながら、静かに店を出て行った。
カラン。
「……わふ」
ルゥが、少しだけ落ち着いた背中を見送って鼻を鳴らす。
「ああ。あいつが次にここへ来る時は、ポーションじゃなくて、あの子への贈り物の相談だろうな。……まあ、うちはポーション屋だから、そんなもん置いてないが」
俺は再び、トカゲの尾が煮え立つ鍋をかき混ぜ始めた。
「アルテルナ。家賃の不足分は、しっかり働いて身体で返せ」
「ええっ!? 今ここでその請求くるの!?」
すかさず隣で、ゲッセネスが積み上がったラベル束を拾い上げる。
「……ルナ、次はこれだって」
「もう! 多すぎじゃない!?」
「きゅ……(仕事は大変)」
クリムがしみじみ鳴き、
ルゥは扉の方を一瞥して、ふいに胸を張った。
「わふっ(今が決めポーズとる瞬間!?)」
「違う」
俺は即答した。
「そこは普通に働く場面だ」
街のどこかで、小さな爆音がまたひとつ響く。
その音に負けないくらい賑やかな声を背に、
アトリエ・くぼ地の鍋は今日もぐつぐつと煮えていた。




