「彼女を、自分だけのものにしたい」
カラン。
「彼女を、自分だけのものにしたい」
入ってきた男の瞳は、どす黒い執念に濁っていた。
カウンターで薬草を擂っていた俺の手が、わずかに止まる。
「プロポーズの相談はやってない。他を当たれ」
「いや、違うんです」
男はカウンターに身を乗り出し、声を潜めた。
「飲ませれば一発で……その、妊娠させられるようなポーションが欲しい。そうすれば、彼女は一生、俺から離れられなくなる」
店内の空気が、一瞬で凍りついた。
「店主……追い出すべきです!」
リヒャルトが鋭く言った。
手にしていた薬草を叩きつけるように置き、その目は、隠しきれない嫌悪に冷たく燃えている。
「……」
メテスが音もなく動いた。
男の背後へ回る。
手はすでに剣の柄にかかっていた。
放たれた殺気は、空気そのものの重みになって男の呼吸を止める。
「ひっ」
情けない声が、男の喉から漏れた。
「リヒャルト、落ち着け。……メテス、待て。店を血で汚すな」
俺は乳棒を置き、男を正面から見据えた。
「ま、待ってくれ! 俺は彼女を失いたくないだけなんだ!」
「……命を、鎖にするな」
メテスが低く、地を這うような声で遮った。
鞘の内側で、剣がわずかに鳴る。
男の顔から、一気に血の気が引いた。
「……道具じゃない。命は、相手を縛るための重石じゃない」
メテスの瞳の奥に、一瞬だけ暗い熱が灯る。
軽く扱われ、捨てられ、消されかけた側だけが持つ熱だった。
「いいか」
俺は男の視線を逃がさない。
「錬金術を何だと思ってる。生命は、そんな安っぽい細工でどうこうできるもんじゃない」
男が唇を噛んだ。
「お前が欲しがってるのは薬じゃない。相手の人生ごと奪って、自分の足元に縛りつける呪いだ」
一拍。
「片方を鎖で繋いで保たせる関係は、遠からず重みに潰れる。繋いだ側も、繋がれた側も、まとめて壊れる。それが道理だ」
「でも……俺はどうすれば……」
「お前が今やるべきことは、彼女を縛ることじゃない。お前自身の、その腐りかけた頭を冷やすことだ」
俺は棚の隅から、地味な茶色の液体が入った小瓶を取り出し、カウンターへ置いた。
コト。
「『生命の調律薬』だ。身体を整え、煮え立った神経を鎮めるための配合だ」
男が、小瓶をすがるように見た。
「これは、彼女に……?」
「お前が飲め」
俺は即答した。
「今のお前は、執着で血が濁ってる。頭も、神経も、判断も、全部歪んでる。そんなガタついた器に、誰かの人生を乗せる資格なんてない」
男の肩が小さく揺れる。
「まずは飯を食え。これを飲んで、眠れ。まともな男に戻れ。……それすらできねえなら、二度と彼女の前に出るな」
男はしばらく震えていた。
銀貨を出そうとして、落としかける。
指先まで情けなく乱れていた。
それでも、逃げなかった。
銀貨を置く。
小瓶を掴む手に、迷いと未練と恐怖が絡みついている。
だが最後には、それを握りしめた。
「……わかりました」
掠れた声だった。
「俺……まず、自分を立て直します」
「最初からそうしろ」
男は深く頭を下げた。
格好のいい背中ではなかった。
頼りなく、遅く、どうしようもなくみじめだった。
それでも、入ってきた時みたいに、逃げ道だけを探している背中ではなかった。
カラン。
扉が閉まる。
ぬるい風だけが、店の中をひと撫でしていった。
リヒャルトが一切の容赦なく、
男が触れたカウンターを布で激しく拭き始める。
「……店主。あのような男に、ポーションを売る必要があったのでしょうか。私には、万死に値するように思えますが」
「……少しは頭が冷えるはずだ」
俺は短く答えた。
「自分の足で立とうともしねえ奴が、他人の人生を重しにして安定を得ようとしたところで、結局は共倒れになるだけだからな」
メテスが、鞘に収まった剣の柄を静かに撫でる。
「……命を消されそうになったこともある。……捨てられたこともある」
一拍。
「……だから、ああいう奴は、許せない」
ルゥが鼻を鳴らしてメテスの足元に寄り添い、クリムが俺の肩で小さく鳴いた。
俺は再び乳鉢を引き寄せる。
さっきよりも、ずっと丁寧に薬草を擂り始めた。
「……ったく。命ってのは、誰かを繋ぎ止めるための道具じゃねえんだよ」
リヒャルトは無言のまま、
男が触れた場所を強く拭い続けている。
俺は乳鉢の中身を見下ろしたまま、低く言う。
「……もういい。次の客が来る」
誤字を修正しましたm(_ _)m




