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錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


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211/288

『俺にふさわしい女になってから出直してこい!』

カラン。


扉が開き、顔をくしゃくしゃに歪ませた女性がよろめくように入ってきた。

その頬には、拭いきれない涙の跡が幾筋も光っている。


「彼が……っ、『俺にふさわしい女になってから出直してこい!』って……!」


女性はすがるような目で、カウンターの奥にいる店主を見た。


「でも、どんな女性なら彼にふさわしいのか、わからないんです……。店主さん、お願いです。私を、彼の理想の女になれる薬を……っ」


店主は乳鉢で薬草を擂る手を止め、小さく息を吐いた。


「……まぁ、座れ」


「どうぞ。まずは、お掛けになってください」


リヒャルトが音もなく滑り寄り、流れるような美しい所作で椅子を差し出す。


女性がその椅子に崩れ落ちるように座り込んだ、その時だった。


「……これを」


メテスが無言で歩み寄り、真っ白なハンカチを差し出した。


女性が震える手でそれを受け取ると、メテスは元の位置へは戻らず、女性の斜め前にぴたりと立ち止まった。

開いたままの扉から、あるいは通りを歩く見知らぬ誰かから、彼女の無防備な泣き顔が一切見えない位置。


それは前衛職としての、あまりにも完璧な「盾」の動きだった。


女性はハンカチに顔を埋め、しゃくり上げた。


「……綺麗になって、賢くなって、彼に選ばれる女になりたいんです……」


店主は真鍮のピンセットを置き、冷たく言い放った。


「……ないな」


「えっ……」


「他人の好みに合わせて、自分の頭と顔を改造する薬なんて、うちの専門外だ」


女性が絶望に目を伏せようとした瞬間、店主はカウンターの下からコト、コト、と三本の小瓶を並べた。


一本目。淡いピンクの香水。


「幻惑の香水だ。相手の脳に錯覚を起こさせ、一番都合のいい理想の女に見せる。……もっとも、一生幻を演じ続ける覚悟があるならだがな」


二本目。透明なシロップ。


「声帯軟化のシロップ。何を言われても反論できない、甘く従順な声しか出なくなる。……トロフィーになりたいなら、これが一番手っ取り早い」


女性の肩が震える。


店主は最後に、一番実用的な、青白い液体の入った瓶を前に押し出した。


三本目。


「『背筋ピーン!』のポーションだ」


女性が、涙に濡れた目を瞬かせる。


「……ぴ、ぴーん?」


「ああ。背骨と首の骨の周りの筋肉を、物理的に強制ロックしてぴんと張る薬だ」


店主は冷徹に告げた。


「これを飲めば、お前は二度と首をうなだれ、下を向いて泣くことができなくなる」


「そんな薬で、彼が私を……?」


「あのな」


店主が言葉を遮る。


「『ふさわしい女になって出直せ』なんて上から目線で言い放つ男は、対等な伴侶じゃなく、自分の見栄を飾る便利なアクセサリーが欲しいだけだ」


一拍。


「お前が自信なさげに下ばかり向いてるから、そんな安い男が偉そうに見えるんだよ。……その薬を飲んで、背筋を伸ばして真っ直ぐ前を見ろ。それでもそいつが『自分にふさわしい男』に見えるなら、また来い」


女性は三本の瓶を見つめ……やがて震える手を伸ばし、三本目の青白い瓶の栓を抜いた。


一気に飲み干す。


その瞬間。


「……あっ」


女性の丸まっていた背中が、見えない糸で引かれたようにぴんと伸びた。

うつむきがちだった首筋が上がり、視線が強制的に、前方の高い位置へと固定される。


下を向けなくなった瞳から、涙がすっと引いていった。


「……あれ。私、なんであんな男のために泣いてたんだろう」


女性はゆっくりと立ち上がる。

さっきまでとは別人みたいに、肩の位置が高く、胸が開いていた。


それから、ハンカチを両手で大事そうに持ち、まずメテスを見上げた。


「……ありがとう。盾になってくれて、心強かったです」


メテスは一瞬だけ目を見開き、それから小さく頷いた。


「……ああ」


女性は続いて、店主とリヒャルトにも視線を向ける。


「……ありがとうございました。おかげで、ちゃんと前を向けます」


リヒャルトがやわらかく微笑む。


「ええ。その姿勢の方が、ずっとお似合いです」


女性は銀貨を一枚カウンターに置き、背筋を伸ばしたまま扉へ向かった。


カラン。


扉が閉まる。


今度のベルの音は、入ってきた時よりもずっと軽やかだった。


リヒャルトが上品な手つきで帳簿を閉じた。


「……失礼ですが、相手に『ふさわしさ』を要求する人間ほど、自身の器の小ささを露呈していることに気付かないものなのですね」


メテスが、カウンターの銀貨を無言で引き寄せる。


「……前を向いていれば、飛んでくる石は避けられる。……それでいい」


「きゅ!(いい女!)」


クリムが胸を張って鳴き、

ルゥは扉の方を一瞥してから、静かに目を閉じた。


「わふ(あの姿勢なら、もう下は向かないだろうな)」


店主は再び乳鉢を引き寄せながら、鼻を鳴らす。


「……ったく。女に泣いてすがらせることでしか満たされない男なんざ、ポーションの空き瓶より価値がないってのにな」




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