貸し出し不可の盾と、回避のポーション
カラン。
乾いたベルの音が鳴り、アトリエの扉が開いた。
噂を聞きつけたらしい、見知らぬ冒険者風の男がずかずかと店に入ってくる。
「あんたがここの店主か? 噂で聞いたんだが、
ちょっと『フェアシュメテス』を借りられないかな?」
気安い声が店内に響く。
カウンターの奥で乳鉢を挽いていた店主は、手を止めずに低く応じた。
「……メテス?」
「そう! 大盾を扱うバトルメイジなんて珍しいだろ? 今度のクエスト、一度うちのパーティと組んで前衛を張ってみてほしいんだよね。報酬は弾むぜ?」
ぴたり、と。
店内の空気が、文字通り凍りついた。
カウンターの端で帳簿をつけていたリヒャルトの羽ペンが止まる。
店の隅で薬草の束を運んでいたメテスが、ぴたりと足を止めた。
足元にいたルゥが「グルルル……」と、明確な警戒音を喉の奥で鳴らす。
店主は乳棒を置き、ゆっくりと顔を上げた。
その目は、普段の無気力なものとは違う。
かつて死線を潜り抜けてきた男特有の、冷たく重い光を宿していた。
「……断る」
「え? いやいや、別にタダでとは言ってないぜ? 金なら……」
「うちはポーション屋だ」
店主が冷徹に言葉を遮る。
「傭兵ギルドじゃない。こいつらは俺の弟子で、この店の護衛だ。……貸し出し用の備品じゃねえ」
冒険者がたじろぐ。
その視界を遮るように、メテスが無言で一歩、前へ出た。
店主とリヒャルトを背にかばう、絶対的な防衛の立ち位置。
「……俺は、この店の盾だ」
メテスの短く、重い声が落ちる。
「……他所では、構えない」
リヒャルトが、完璧な作り笑いを浮かべてすっと口を開いた。
「……失礼ですが。お客様のパーティ構成と彼の戦闘スタイルでは連携が取れず、逆に彼に余計な負担を強いることになります。……大切なうちの護衛をお貸しするわけにはいきません」
丁寧な言葉遣いの中に、明確な拒絶の棘が混じっている。
お前たちでは、メテスの背中を任せられない。
そう言っているも同然だった。
三人のただならぬ空気に、
冒険者が「あ、ああ……すまん、悪気はなかったんだ」と顔を引きつらせて後ずさる。
店主はため息をつき、カウンターの下から緑色の液体が入った小瓶を滑らせた。
「……他人の盾の後ろに隠れて戦おうなんて甘い考えを持ってるうちは、どのみち長生きできねえぞ」
「……これは?」
「『筋繊維瞬発収縮のポーション』だ。飲め。一定時間、脚の筋肉の反応速度を底上げして、回避行動の初動を早める」
一拍。
「……他人の大盾をアテにする暇があるなら、自分の足で避けるこったな」
冒険者はごくりと息を呑み、慌てて銀貨を置いてポーションをひったくるように店を出ていった。
カラン。
扉が閉まると、店主は再び乳鉢を引き寄せた。
「……ったく。どいつもこいつも、人の大事なもんを軽々しく借りようとしやがる」
クリムが「きゅ!(だめ!)」と店主の肩で威嚇のポーズをとり、
ルゥが「わふ(分不相応だ)」と呆れたように鼻を鳴らす。
メテスは静かに定位置へ戻り、何事もなかったかのように薬草の仕分けを再開した。
「……俺は、どこにも行かない」
「当たり前です。メテスがいなくなったら、僕が困りますからね」
リヒャルトが羽ペンを動かしながら、少しだけ得意げに微笑む。
店主はそっぽを向きながら、ぽつりと独りごちた。
「……当たり前だ。お前らがいなくなったら、誰がこの広すぎる床の掃除をするんだってのにな」




