主婦と“料理が死ぬ家”の謎
昼下がり。
クリムは棚の上で毛づくろい、
ルゥは入口で昼寝し、
俺は今日の売上表を書いていた。
そこへ――
カラン。
入ってきたのは、冒険者風ではない。
どちらかというと“しっかり者の主婦”といった雰囲気の女性だ。
そして開口一番、こう言った。
「こちらが噂の……何でも屋?」
俺はペンを止める。
「噂がなにかわからないが……ポーションは売ってる」
主婦はぐっと近づき、声を潜めて言った。
「夫を……して欲しくて」
俺は即答した。
「え? 何?
暗殺依頼の窓口は闇ギルドだ……場所は教えられないがな」
主婦がバンッとカウンターを叩いた。
「ち、違うわよ!!
夫の“舌”を唸らせて欲しいのよ!!!」
……店内が静まり返った。
クリム:きゅ……(びっくり)
ルゥ:わふ(勘違いして恥ずかしいやつ)
俺は咳払いして言い直す。
「……料理ね。料理。」
主婦は深刻そのものの表情で続けた。
「冒険者をやめて嫁いだはいいものの……
その……壊滅的なのよ……料理が。
何を入れても美味しく出来上がらないの……
夫に喜んでもらいたくて頑張ってるんだけど……
“攻撃魔法より胃にダメージ入る”って言われて……」
……それ、だいぶ危険だな。
俺は腕を組み、真剣に聞く。
「原因に心当たりは?」
「全部よ!!
塩入れても辛くなるし、
砂糖入れても甘くならないし、
スープ作れば灰色になるし、
揚げ物は油が悲鳴をあげるし……
なんなら野菜切ってる段階で失敗するのよ!!」
「料理のどこで失敗したら灰色になるんだ」
「私が聞きたいわよ!!!」
クリムが不安そうに主婦を見つめ、
ルゥがそっと距離を取った。
俺は棚から小瓶を数本並べた。
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◆一本目
【素材の味を引き出すベースポーション】
(料理初心者向けの“味ぶれ補正”)
「これを少量入れれば、
“素材の味そのまま”が出る。
塩を間違えても、砂糖を間違えても、
最低限“灰色スープ”にはならない。」
主婦の目がうるうるしてくる。
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◆二本目
【料理時の集中力と落ち着きが出るポーション】
「焦ると失敗するタイプか?」
主婦は深くうなずく。
「火を見ると緊張して……魔法使いだった頃の癖で、つい“炎属性”を……」
「鍋を爆発させるな」
「だって火力が弱いと不安で!」
「台所に爆裂魔法はいらん」
このポーションは、
“料理限定で冷静になる”よう微調整してある。
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◆三本目
【味見の感覚を正常化するポーション】
「料理の失敗は“味覚の錯覚”が原因のこともある。
冒険者の中には、毒や薬草の多用で舌が鈍くなるやつが多い。
これ飲めば、今の自分の味覚がリセットされる。」
主婦は肩を落としながら言う。
「……夫に“味覚のバグ”って呼ばれたことあるわ……」
「それはひどいが、正しいかもしれん」
クリムがそっと主婦の手をつつき、
ルゥは“がんばれ”というように鼻を押しつけた。
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◆四本目
【“家庭料理が上手い人の勘”をちょっとだけ補助するポーション】
「これは、
“火を止めるタイミング”
“塩を足すか止めるか”
“煮込みの見極め”
そういう細かい部分の直感を少しだけ補う。
魔法ではなく、あくまで“整える”程度だ。」
主婦は震える声で言う。
「……店主さん……
私……夫に温かい料理を食べさせてあげたいだけなの……
“胃に優しい妻のスープ”を目標にしてるのに……
現状“胃が戦場”なの……」
俺はそっと小瓶を押し出した。
「いいか。
料理は魔法と違って、
“失敗しながら上達するもの”だ。
ポーションはあくまで補助。
その上で、ゆっくり慣れていくんだ。」
主婦は涙をぽろぽろこぼしながら頷いた。
「ありがとう……店主さん……
夫……喜んでくれるかしら……?」
「おう。
夫婦料理改善はな、
惚れ薬より几帳面で時間がかかるんだ。
だが“気持ちが本物なら絶対うまくなる”。」
クリムが肩の上から「きゅっ」と励まし、
ルゥは尻尾で主婦の足元を軽く叩いた。
主婦は深々と頭を下げ、
希望を胸に店を出ていった。
扉が閉まったあと、
俺は棚にもたれかかりながらつぶやく。
「……闇ギルドだの暗殺だのじゃなくてよかったが……
料理の悩みは意外と深いな」
クリム:きゅ(料理は難しい)
ルゥ:わふ(うまい肉は希望)
さて次は
「料理上手すぎて夫が太るんで調整ポーションありますか」
とか来るんだろうな。




