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錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


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ホワイトデーのお返しで振られた

カラン。


扉が開き、一人の青年がふらつく足取りで入ってきた。

その手には、可愛らしいリボンがかけられた、小さな白い箱が力なく握られている。


「……ホワイトデーだから、彼女にホワイトチョコを贈ったんです。そしたら……振られました」


幽鬼のような声で呟く青年に、リヒャルトが帳簿から顔を上げ、上品に、けれど的確な疑問を投げかけた。


「いらっしゃいませ。……それは災難でしたね。ですが、失礼ですが、ホワイトチョコを贈った『だけ』で振られるものでしょうか?」


青年は顔を覆い、カウンターに突っ伏した。


「だって、ホワイトデーだから! 定番じゃないですか!

なのに彼女、『あなたはいつも、行事しか見てない。私が甘いものが苦手なことも、一度も見てくれなかった』って……!

店主、どうか彼女の機嫌を直して、俺をもう一度好きになってくれるポーションを……!」


すがりつく青年に、店主は乳鉢で薬草をすり潰しながら、冷たく言い放った。


「……ない」


「えっ……」


「他人の心を変える惚れ薬なんて、俺の専門外だ。……それに、相手の頭を弄って手に入れた笑顔なんて、ただの操り人形だ。お前が本当に欲しいもんじゃないだろ」


店主は乳棒を置き、カウンターの下からコト、コト、と三本の小瓶を並べた。


一本目。淡い青のシロップ。


「血流鎮静のシロップだ。振られたパニックで早鐘を打ってる心臓を、物理的に落ち着かせる」


青年が息を呑む。


「……心臓なんて、どうでもいいんです! 彼女が……」


店主は取り合わず、二本目を指す。


二本目。透明な目薬。


「視界拡張の目薬。カレンダーの『行事』ばかり見て、目の前の相手の顔を見ていなかったお前の、狭い視界を広げる薬だ」


「なっ……! 俺は、彼女を喜ばせようと……!」


「喜ばせようとしたんじゃない。『定番の物をあげれば喜ぶはずだ』と安心したかっただけだろ」


店主の冷徹な声に、青年が言葉を詰まらせる。


店主は最後に、一番地味な、深い緑色をした瓶を前に押し出した。


三本目。


「ただの、ひどく苦い解毒茶だ」


「……解毒? 俺は毒なんて……」


「お前の頭にこびりついた、『プレゼントを渡せば好意が返ってくる』っていう甘ったるい思い込みのことだ」


一拍。


「お前が彼女に押し付けたのは、チョコじゃない。『ホワイトデーにプレゼントをあげた自分』という自己満足だ。彼女が絶望したのは、チョコの色や味じゃない。自分の好みを、お前が何一つ見ていなかったという『現実』にだ」


青年の肩が、びくりと跳ねた。


魔法で彼女を変えるのではなく、自分の致命的な見落としを突きつけられる物理的な処方箋。


「……どれにする。今のお前なら、一つで済むとも思えんが」


青年は三本の瓶をじっと見つめ……やがて震える手で、三本目の苦い茶を手に取った。


銀貨を置き、手の中の白い箱を愛おしそうに、けれど諦めを滲ませた目で一度だけ見つめ、静かに店を出ていく。


カラン。


扉が閉まると、リヒャルトが上品な手つきで羽ペンをインク壺に戻した。


「……失礼ですが、イベントの日に『定番の品』を贈れば十分だと思ってしまうのは、世の男性に多い致命的な思い込みですね」


メテスが、カウンターに置かれた銀貨を無言で引き寄せる。


「……相手を見ない贈り物は、ただの石投げと同じだ」


「きゅ……(にがい恋だ……)」


クリムがしゅんとして耳を伏せ、

ルゥは扉の方を一瞥してから、静かに「わふ(学べよ)」と短く鼻を鳴らした。


店主は再び乳鉢を引き寄せながら、鼻を鳴らす。


「……ったく。プレゼントってのは、何をあげるかじゃなく、どれだけ相手を見ていたかの答え合わせだろ」


一拍。


「……おら、リヒャルト、メテス。お前らはさっきの『滋養強壮剤』が回ってきてる頃だろ。さっさと奥で休め」


「はい、店主」


「……了解した」


不死鳥の血が溶け込んだ、途方もなく重くて『甘い』特効薬を飲んだ二人の弟子は、さっきの青年とは正反対の、満ち足りた足取りで奥へと向かっていった。



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