痛み止めが、欲しい。
カラン……。
アトリエの扉を押し開けたのは、胸元をきつく握りしめ、顔面を蒼白にさせた若い客だった。
「……痛み止めを、くれるか」
すがるような、ひどく掠れた声だった。
「……」
カウンターで帳簿をつけていた店主は、客の様子を一瞥し、淡々と返す。
「……怪我の治療薬なら、薬師の店へ行くか治癒院へ行け。ここは錬金術のポーション屋だ」
「違うんだ……」
客はふらつく足取りでカウンターへ近づき、ぽつり、とこぼした。
「……半年前に見送った、父さん……がっ」
客の言葉が、嗚咽に塞がれる。
「父さんが死んでから、胸に穴が空いたみたいで……痛くて、痛くて、息ができないんだ。だから、強い痛み止めを……心を麻痺させる薬を、くれ……っ」
店内の空気が、しんと静まり返った。
棚の整理をしていたリヒャルトが、悲しげに目を伏せる。
剣を磨いていたメテスも手を止め、痛いほど静かに客を見つめた。
彼らもまた、喪失の痛みを知る者たちだ。
ルゥが客の足元へ寄り添い、鼻先でそっと膝を押し上げる。
クリムもカウンターの上を歩き、客の震える手を見つめた。
店主は、引き出しから無色透明な液体の入った小瓶を取り出した。
「……『完全麻痺の霊薬』。脳の痛覚信号を魔術的に完全に遮断する、極めて強力なポーションだ」
客が、すがるように小瓶を見つめる。
「……だが、こいつは痛みと一緒に『温もり』も遮断する。胸の痛みは消えるが、同時に、親父さんとの温かい記憶を思い出しても、心は一切動かなくなる。……すべてが灰色の、ただの『情報』になるぞ」
「……っ」
「親父さんとの記憶ごと、心を凍らせたいか?」
客は、透明な小瓶へ伸ばしかけた手を、びくりと止めた。
胸元をきつく握りしめ、息を詰めた。
「……嫌だ。忘れたくない。でも……息が、痛いんだ……っ」
店主は透明な小瓶を容赦なく引き出しへしまい込み、代わりに、とろりとした琥珀色のポーションをカウンターへ置いた。
「なら、痛み止めは売れない。……こっちを持っていけ」
「……これは?」
「『肺腑拡張の琥珀薬』。世界樹の樹液と、陽光草の結晶を煮詰めた錬金薬だ」
店主はカウンターに肘をつき、客の目をまっすぐに見据えた。
「大切な人間を失った奴はな、無意識に『息を吐く』のを忘れるんだ。悲しみを堪えようとして、四六時中、歯を食いしばって胸の筋肉を緊張させてる」
「……」
「お前が感じてる胸の痛みは、ただの精神的なものじゃない。半年間、泣くのを我慢して、息を詰まらせ続けたせいで、喉と肺の周りの筋肉が悲鳴を上げ、細かな損傷を起こしてる『本物の物理的な傷』だ」
客の目が、大きく見開かれた。
「このポーションは、極限まで強張った呼吸器官の筋肉を魔術的に強制弛緩させ、喉と胸の傷を瞬時に修復する。……要するに、お前に『深呼吸』をさせる薬だ」
店主は琥珀色の小瓶を、客の指先へそっと押し当てた。
「これを飲んでも、悲しみは消えない。親父さんがいない寂しさもそのままだ。……だが、悲しみと一緒に、息を吸って吐くことはできるようになる」
客は琥珀色の小瓶を両手で包み込み、わあっと、せき止めていたものが決壊したように泣き崩れた。
「……っ、ああ……父さん……っ」
静かな店内に、半年分の我慢が溶け出したような、大きな泣き声が響き渡る。
ルゥがその背中にそっと寄りかかり、
メテスが無言で客の視界を遮るように立ち、
リヒャルトが温かいおしぼりを用意した。
店主は、客が泣き止むまで何も言わず、ただ帳簿へ視線を落としていた。
やがて、泣き疲れた客が、腫らした目で銀貨を二枚置く。
「……ありがとう。少しだけ、息が吸えた気がする」
「帰って、温かいスープを飲んでからそれを飲め。今日は死んだように眠れるはずだ」
客が深く頭を下げて、店を出ていく。
ガラン、と鳴ったベルの音は、入ってきた時よりも少しだけ軽やかだった。
「……店主。あの薬、本当に筋肉の断裂を治すんですか?」
リヒャルトが静かに問う。
「当たり前だ。悲しみに耐えるには、まず身体の土台が頑丈じゃなきゃいけないからな。心が折れる前に、身体の悲鳴を錬金術で鎮めてやっただけだ」
メテスが、ぽつりと呟く。
「……優しい」
「お前ら、床に落ちた涙を拭いておけ。次の客が滑る」
店主はそっぽを向きながら、銀貨を帳簿の脇へ置いた。




