表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

201/288

痛み止めが、欲しい。

カラン……。


アトリエの扉を押し開けたのは、胸元をきつく握りしめ、顔面を蒼白にさせた若い客だった。


「……痛み止めを、くれるか」


すがるような、ひどく掠れた声だった。


「……」


カウンターで帳簿をつけていた店主は、客の様子を一瞥し、淡々と返す。


「……怪我の治療薬なら、薬師の店へ行くか治癒院へ行け。ここは錬金術のポーション屋だ」


「違うんだ……」


客はふらつく足取りでカウンターへ近づき、ぽつり、とこぼした。


「……半年前に見送った、父さん……がっ」


客の言葉が、嗚咽に塞がれる。


「父さんが死んでから、胸に穴が空いたみたいで……痛くて、痛くて、息ができないんだ。だから、強い痛み止めを……心を麻痺させる薬を、くれ……っ」


店内の空気が、しんと静まり返った。


棚の整理をしていたリヒャルトが、悲しげに目を伏せる。

剣を磨いていたメテスも手を止め、痛いほど静かに客を見つめた。

彼らもまた、喪失の痛みを知る者たちだ。


ルゥが客の足元へ寄り添い、鼻先でそっと膝を押し上げる。

クリムもカウンターの上を歩き、客の震える手を見つめた。


店主は、引き出しから無色透明な液体の入った小瓶を取り出した。


「……『完全麻痺の霊薬』。脳の痛覚信号を魔術的に完全に遮断する、極めて強力なポーションだ」


客が、すがるように小瓶を見つめる。


「……だが、こいつは痛みと一緒に『温もり』も遮断する。胸の痛みは消えるが、同時に、親父さんとの温かい記憶を思い出しても、心は一切動かなくなる。……すべてが灰色の、ただの『情報』になるぞ」


「……っ」


「親父さんとの記憶ごと、心を凍らせたいか?」


客は、透明な小瓶へ伸ばしかけた手を、びくりと止めた。


胸元をきつく握りしめ、息を詰めた。


「……嫌だ。忘れたくない。でも……息が、痛いんだ……っ」


店主は透明な小瓶を容赦なく引き出しへしまい込み、代わりに、とろりとした琥珀色のポーションをカウンターへ置いた。


「なら、痛み止めは売れない。……こっちを持っていけ」


「……これは?」


「『肺腑拡張の琥珀薬』。世界樹の樹液と、陽光草の結晶を煮詰めた錬金薬だ」


店主はカウンターに肘をつき、客の目をまっすぐに見据えた。


「大切な人間を失った奴はな、無意識に『息を吐く』のを忘れるんだ。悲しみを堪えようとして、四六時中、歯を食いしばって胸の筋肉を緊張させてる」


「……」


「お前が感じてる胸の痛みは、ただの精神的なものじゃない。半年間、泣くのを我慢して、息を詰まらせ続けたせいで、喉と肺の周りの筋肉が悲鳴を上げ、細かな損傷を起こしてる『本物の物理的な傷』だ」


客の目が、大きく見開かれた。


「このポーションは、極限まで強張った呼吸器官の筋肉を魔術的に強制弛緩させ、喉と胸の傷を瞬時に修復する。……要するに、お前に『深呼吸』をさせる薬だ」


店主は琥珀色の小瓶を、客の指先へそっと押し当てた。


「これを飲んでも、悲しみは消えない。親父さんがいない寂しさもそのままだ。……だが、悲しみと一緒に、息を吸って吐くことはできるようになる」


客は琥珀色の小瓶を両手で包み込み、わあっと、せき止めていたものが決壊したように泣き崩れた。


「……っ、ああ……父さん……っ」


静かな店内に、半年分の我慢が溶け出したような、大きな泣き声が響き渡る。


ルゥがその背中にそっと寄りかかり、

メテスが無言で客の視界を遮るように立ち、

リヒャルトが温かいおしぼりを用意した。


店主は、客が泣き止むまで何も言わず、ただ帳簿へ視線を落としていた。


やがて、泣き疲れた客が、腫らした目で銀貨を二枚置く。


「……ありがとう。少しだけ、息が吸えた気がする」


「帰って、温かいスープを飲んでからそれを飲め。今日は死んだように眠れるはずだ」


客が深く頭を下げて、店を出ていく。


ガラン、と鳴ったベルの音は、入ってきた時よりも少しだけ軽やかだった。


「……店主。あの薬、本当に筋肉の断裂を治すんですか?」


リヒャルトが静かに問う。


「当たり前だ。悲しみに耐えるには、まず身体の土台が頑丈じゃなきゃいけないからな。心が折れる前に、身体の悲鳴を錬金術で鎮めてやっただけだ」


メテスが、ぽつりと呟く。


「……優しい」


「お前ら、床に落ちた涙を拭いておけ。次の客が滑る」


店主はそっぽを向きながら、銀貨を帳簿の脇へ置いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ