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錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


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『眠らぬ番人』をくれ。今夜、俺が寝たら、俺の首は明日には転がってる

夜を越える者

カラン。

乾いたベルの音が、夕闇の迫る重たい空気を弾いた。


店の中は、日が完全に落ち、棚の奥が深い影に飲み込まれ始めている。

リヒャルトはカウンターで、残ったハーブの香りを瓶に閉じ込めようと、慎重に栓を押し込んでいた。

フェアシュメテスは入り口の脇に立ち、鎧の隙間に溜まった一日の疲れを、微かな金属音とともに吐き出した。


入ってきたのは、血の匂いを薄く纏った、片腕を吊った傭兵だった。

その瞳は、戦場の興奮が冷めやらぬまま、鋭く周囲を警戒している。


「店主……『眠らぬ番人』をくれ。今夜、俺が寝たら、俺の首は明日には転がってる」


男は、震える左手でカウンターを掴んだ。


「……眠らぬ番人か。うちは一晩の命を、数時間の覚醒で切り売りしているに過ぎないが、いいんだな」


「構わねえ! 生きてさえいれば、明日の朝には援軍が来る! それまで、この瞼を縫い付けてでも開けておかなきゃならないんだ!」


リヒャルトが、男の酷く充血した目に息を呑んだ。


「……それは、精神を削り取る行為です。三日も続ければ、まともな判断すらできなくなります」


フェアシュメテスが影の中から、感情を削ぎ落とした声で呟く。


「……眠りを捨てるのは、自分を削るのと同じだ。戦場じゃ、睡魔は刃よりも確実に人を殺す」


「分かってる! だが、死ぬよりはマシだ! 頼む、一番強いやつを!」


店主は三本の瓶をカウンターに並べた。


コト。

コト。

コト。


一本目、真っ赤な液体。


「狂奔ポーションだ。交感神経を限界まで叩き起こす。……もっとも、興奮しすぎて幻覚を見始めるかもしれないがな」


二本目、冷たい銀色の液体。


「氷解ポーション。脳の疲労を一時的に凍結させる。……感情が死ぬ代わりに、機械みたいな正確さで夜を越せる」


店主は三本目、深い闇を溶かしたような紫色の液体を前に押し出した。


「最後はこれだ。……断絶の夜。五感を極限まで研ぎ澄ませ、数キロ先の足音まで拾えるようになる薬だ」


男が、三番目の瓶を掴み取った。


「これだ……これがあれば、俺は生き残れる」


男は懐から、革の小さな袋を取り出し、中身をカウンターにぶちまけた。

そこには磨り減った銅貨数枚と、使い古された銀貨、そして血で汚れた小さな指輪が混じっていた。


「……これで足りるか」


店主は指輪をそっと端に寄せ、硬貨だけを掬い上げた。


「……お前の覚悟の重さは受け取った。指輪は持って帰れ」


一拍。


「……明日、援軍に会えたら、そいつを磨き直すんだな」


男の肩から、一瞬だけ張り詰めた殺気が抜けた。

彼は瓶を握りしめたまま、店を出ていった。


カラン。


扉が閉まり、店の中に再び沈殿したような静寂が戻る。


リヒャルトが、カウンターに残された指輪のあった場所を見つめて呟いた。


「……店主。彼は、明日を迎えられるでしょうか」


店主は短く答えた。


「……あいつは、自分の一番重いものを差し出そうとした。運命ってのは、そういう奴を嫌いじゃないはずだ」


クリムが「きゅ!(無事でいて!)」と祈るように鳴き、

ルゥが「わふ(夜を越えるのは、剣を振るより過酷な戦いだ)」と、静かに目を閉じた。


店主は最後に、低く独りごちた。


「……眠りを売るのは、魂の欠片を削り出すのと同じだ。安売りはしない」



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