闇魔法に全力で方向転換したい
カラン。
昼下がり。
陽は高いのに、店の影がやけにくっきり出る時間。
入ってきた青年は、装備がちぐはぐだった。
回復職の外套に、闇系の触媒袋。
どっちも使い込まれてる。
クリムが棚の上で「きゅ?」
ルゥは入口の横で、伏せたまま片目だけ向ける。
青年はカウンターの前に立つと、
胸を張って言った。
「ネクロマンサーになりたいんですよね」
………………。
俺は、瓶を持ったまま固まった。
「いや待て」
間。
「聖魔術師が、
ポーションでいきなり闇魔術師にはなれない」
「ですよね!」
即答。
妙に明るい。
「でも、方向転換なら……!」
クリム「きゅ(方向?)」
ルゥ「わふ(急だな)」
俺は瓶を棚に戻した。
「聞くけどな」
青年がうなずく。
「なんで」
青年は、少し考えてから言った。
「……向いてる気がして」
軽い。
軽すぎる。
「前は、回復だったんですけど」
「ほう」
「間に合わなくて」
間。
「……即死、でした」
店の空気が、一段落ちる。
青年は続ける。
「俺が詠唱してる間に、
前衛が二人……」
言い切らない。
でも、もう足りてる。
「だから思ったんです」
顔を上げる。
「じゃあ、ネクロマンサーになって、
またパーティ組めばいいって」
クリムが「きゅ……」と鳴いて、
俺の肩にしがみつく。
ルゥは、入口側へ半歩ずれる。
――線の向こうだ。
俺は、深く息を吸った。
「結論から言うと」
青年が身を乗り出す。
「死体操作・蘇生・魂固定は作らない」
「えっ」
「倫理線だ。
越えない」
青年の肩が落ちる。
「……ですよね……」
――ここからだ。
俺は、棚の生活側から瓶を三つ出した。
闇でも聖でもない距離。
コトン。
コトン。
コトン。
「でもな」
青年が顔を上げる。
「向き合い直す補助なら、できる」
⸻
一本目。
「【詠唱速度を落とさない体力配分】」
「回復役が倒れる一番の理由は、
焦って詠唱を早めることだ」
青年は、思わず指を握った。
「……ありました……」
「だろ」
⸻
二本目。
「【判断を遅らせない冷静さ】」
「“今は無理”って判断を、
一拍早く出せる」
青年は、瓶を見つめて唇を噛む。
「……逃げても、いいんですか」
「逃げる判断が遅れるほうが、死ぬ」
クリム「きゅ(正論)」
ルゥ「わふ(だな)」
⸻
三本目。
俺は、声を落とした。
「【死を見たあとに、
自分を壊さないやつ】」
青年の目が揺れる。
「……それ……」
「仲間を失ったあと、
“別の役割になれば平気だ”って
思い込まないためのやつだ」
沈黙。
「ネクロマンサーになりたいんじゃない」
青年の喉が鳴る。
「失敗した自分と、
二度と同じ場所に立ちたくないだけだ」
青年は、しばらく動かなかった。
それから、ゆっくり瓶を抱えた。
「……また、回復に戻るかは……」
「今決めなくていい」
「……はい」
⸻
会計。
青年は、触媒袋を見下ろしてから、
それを結び直した。
「……あいつら、
怒ってますかね」
「死んだやつは、
職変えたくらいで怒らない」
クリム「きゅ(多分)」
ルゥ「わふ(多分な)」
青年は、苦笑して店を出た。
カラン。
俺は、闇系の棚を触らず、
回復薬の在庫を数え直した。
「……さて」
独り言。
「次はどうせ、
『召喚したら話し相手になる仲間』
とか言い出す」
クリム「きゅ……(やだ)」
ルゥ「わふ……(線越え)」
俺は瓶を戻す。
「……生き返らせたい理由ほど、
形を変えたがる」
今日もこの店は、
間に合わなかった後で忙しい。
――次は、どっちへ向かうやら。




