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錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


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108/115

子供がいつも靴を片方だけ無くしてくる。

カラン。


昼前。

陽はあるのに、店の奥が冷える時間。


カウンターの前に立った客は、

エプロンの紐を何度も結び直してから、言った。


「……うちの子、

いつも靴を片方だけ無くしてくるんです」


声は落ち着いている。

落ち着きすぎている。


俺はラベルを書いたまま、頷いた。


「忘れないようにするポーション、だな」


「はい……」


クリムが棚の端で「きゅ……」と鳴く。

ルゥは入口を背に、伏せたまま動かない。


「聞くけどな」


ペンを置く。

顔は上げない。


「いつからだ」


女性は答える前に、額を押さえた。

軽く、でも毎日の癖みたいに。


「……一ヶ月前から」


間。


「雨が続いて……

川が、増水してて……」


言葉が一度、詰まる。


「その頃から、

頭が……痛くなる日があって……」


クリムが「きゅ」と短く鳴く。

ルゥが尻尾を一度だけ床に打つ。


「それから……

毎日、左だけ……

帰ってくるんです」


俺は、そこで初めて顔を上げた。


「左、か」


「はい……」


女性は鞄を開け、

小さな靴を一つ、そっと取り出した。


乾いている。

砂も、草も、ついていない。


俺は見ないふりをして、棚から三つ。

生活側の距離の瓶を並べる。


コトン。

コトン。

コトン。



一本目。

「【玄関で足元を確認するやつ】」


瓶の栓を、軽く指で弾く。


「出る前に一拍置く。

左右を声に出して確かめる癖を、体に残す」


女性は思わず、

自分の靴先を見下ろした。


「あ……はい……

……左、右……」


小さく、練習みたいに言う。


クリムが「きゅ(できてる)」

ルゥが鼻先で床をとん、と叩く。



二本目。

「【忘れ物に気づく間を作るやつ】」


瓶を並べ直す音が、少しだけ大きい。


「急がない。

戻る。

“取りに行ける”って判断を、遅らせない」


女性は瓶を手に取り、

光にかざしてから、ゆっくり下ろした。


「……戻って、いいんですよね」


「いい。

戻れる時は、戻る」


肩が、ほんの少し下がる。


「……助かります」


声が、わずかに軽くなった。



三本目。

声を落とす。


「【忘れないポーション】」


女性の視線が、瓶に吸い寄せられる。

呼吸が、一拍、遅れる。


「……それは……

……どんな……」


「消さない。

思い出を、抜かない。

ただ、刺さらない形にする」


指で瓶を軽く叩く。


「前に進むための、重さに整える」


女性は、しばらく黙っていた。

靴を持つ手が、きゅっと強くなる。


「……忘れない、ほうが……

いいですよね」


「踏めるならな」


間。


「踏めない日は、

持って歩ける重さにする」


クリムが「きゅ(背負う)」

ルゥが「わふ(歩く)」と低く鳴く。


女性は、瓶を胸に近づけて、

小さく息を吐いた。


「……毎日、

同じところで……

同じのを探してた気がします」


「今日は、玄関だ」


「……はい」



会計。


女性は、靴を見ながら瓶を受け取った。

鞄にしまわず、手に持ったまま。


指先で、靴の縁をなぞる。


「……今日も、

片方だけで……」


言いかけて、止める。


「……忘れないように、

してきます」


カラン。


扉が閉まる。


俺は、三本目の棚を一段奥に戻した。


「……靴はな」


独り言みたいに言う。


「戻らない時ほど、

片方だけ、帰ってくる」


外で、川の音がした。

この町では、いつもしている音だ。


――が。


俺は咳払いして、空気を切り替える。


「さて」


クリム「きゅ?」

ルゥ「わふ?」


「次はどうせ、

『片方だけ帰ってくる手袋』か

『数が合わない靴下』だろ」


クリム「きゅ……(やだ)」

ルゥ「わふ……(やだな)」


俺は棚の瓶を一つ、元の位置に戻す。


「……忘れないを売る日は、

在庫より気力が減る」


カラン。


今日もこの店は、

生活の顔をした相談で忙しい。


――次は、どっちが来るやら。


左の靴は、心臓側。

人は立ち止まる時、無意識に左足から止まる。

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