目が覚めたら別人になった友人
夕方。
店の外はまだ人の気配が残っているのに、光だけが少しずつ色を失いはじめる時間帯。
棚の奥の瓶を拭いていると、扉が重たく鳴った。
開ける音に、迷いが混じっている。
入ってきたのは、表情を固くした青年だった。
服装も歩き方も普通なのに、目だけが落ち着かない。
椅子に座るなり、息を吐く。
「……友人が、別人になったんです」
俺は手を止め、顔を見る。
「どんな風に?」
青年は少し言葉を探してから、続けた。
「昨日まで、あいつは……
冗談も言うし、怒ることもあるし、
ちゃんと“あいつ”だったんです」
拳を握る。
「でも、今朝起きたら……
別人みたいに優しくて、冷静で、
俺の話を“理解している風”に聞くんです」
……ああ。
「それ、怖いやつだな」
青年の目が見開かれる。
「ですよね!?
俺の方がおかしいのかと思って……!」
「いや」
首を振る。
「“良い変化”に見えるほど、
元を知ってる人間には怖い」
青年は深く息を吐いた。
「そうなんです……
誰も信じてくれないんです。
“大人になっただけだろ”って……」
俺は棚から、小瓶を三つ出した。
今日は、慎重に。
「まず確認する」
視線を合わせる。
「その友人は、
記憶を失ったわけじゃないな?」
「はい。
昔の話も、共有したことも、全部覚えてます」
「人格が入れ替わった感じでもない?」
「……違う。
中身は“あいつ”のはずなのに、
感情の出方だけが違う」
俺は静かに頷いた。
「じゃあ、結論から言う」
一拍置く。
「元に戻すポーションは作れない」
青年の肩が、がくっと落ちる。
「……やっぱり……」
「でもな」
すぐ続ける。
「“別人になった原因に近づく”補助ならできる」
青年が顔を上げる。
「……原因……?」
「人が一晩で変わる時は、
だいたい“覚悟”か“遮断”だ」
青年の眉が寄る。
「遮断……」
「感情を切り離してでも
耐えなきゃいけない何かがあった可能性が高い」
棚から一本目を差し出す。
◆一本目
【観測者の心を守るポーション】
「これは、お前用だ」
青年が戸惑う。
「俺……?」
「そうだ。
身近な人が“別人に見える”状態ってな、
観てる側の精神を削る」
瓶を軽く叩く。
「“あの頃のあいつ”と
“今のあいつ”を比べすぎないための補助だ」
青年は、静かに受け取った。
◆二本目
【対話の歪み検知ポーション】
「これは、
友人と話す時に使う」
「飲ませるんですか?」
「いや。
“会話の違和感”を拾いやすくするだけだ」
説明する。
「感情を遮断してる人間は、
話題を選ぶ癖が出る。
そこに、原因が隠れてることが多い」
青年の喉が鳴る。
◆三本目
【変化受容のための猶予ポーション】
「これは、
“元に戻すため”じゃない」
声を落とす。
「“変わったままでも、
関係を壊さずにいられる余白”を作る」
青年は、しばらく黙っていた。
「……元に戻らない可能性も、あるんですね」
「ある」
はっきり言う。
「人は、
“戻れない場所”に行くこともある」
青年の目が揺れる。
「でもな」
俺は続ける。
「それは
“失われた”とは限らない」
少し間を置く。
「お前が怖いのは、
友人が変わったことじゃない」
青年が顔を上げる。
「……何が……?」
「“元のあいつを覚えてるのが
自分だけになる”ことだ」
青年の目に、涙が浮かんだ。
クリムが静かに近づき、
青年の足元に丸くなる。
ルゥはその横で、動かない。
「いいか」
俺はゆっくり言う。
「人は変わる。
でも、変わる前を知ってる人間が
消える必要はない」
青年は、震える声で言った。
「……俺、
元に戻したかったんじゃなくて……
“置いていかれるのが怖かった”んだと思います」
「それでいい」
俺は頷く。
「戻す薬はない。
でも、
“関係を続けるための距離”は作れる」
瓶を包みながら言う。
「急ぐな。
“別人に見える”時期は、
だいたい当人も壊れかけてる」
青年は深く頭を下げた。
「……来てよかったです」
「おう」
扉が閉まる。
静かな店で、俺は棚を見上げた。
「……元に戻したい、って願いはな」
独り言みたいに呟く。
「愛情の裏返しだ」
クリム「きゅ(忘れたくないんだ)」
ルゥ「わふ(優しいな)」
この店は、
“元に戻す場所”じゃない。
変わった先でも、壊れないための場所だ。




