見なかったことにできない現実
昼を少し過ぎた頃。
陽は高いのに、店の中は相変わらず落ち着いた匂いだ。
薬草と木棚と、昼寝に入りかけた空気。
クリムはカウンターの端で丸くなり、
ルゥは入口の影で腹を床につけている。
――カラン。
ため息と一緒に扉が開いた。
入ってきたのは主婦。
肩が落ちていて、顔に「見なかったことにできない現実」を抱えたままの表情だ。
椅子に座るなり、言った。
「……息子の部屋を掃除していたら……
未成年の子ばかりが描かれているエロ本が、大量に……」
言い切る前に、もう一度ため息。
俺は、すぐに答えない。
茶を出してから、ゆっくり言葉を選ぶ。
「……まずな」
主婦を見る。
「それ、あんたが“今すぐ何か決断しなきゃいけない案件”じゃない」
主婦が顔を上げる。
「え……?」
「動揺して当然だ。
気持ち悪いって思って当然だし、
心配になるのも当然だ」
一度、はっきり区切る。
「でも、
“見てしまった親”と
“問題の本質”は、切り分けないといけない」
主婦は、ぎゅっと膝に手を置いた。
「……私、どうしていいか分からなくて……
問い詰めるべきか、
捨てるべきか、
怒るべきか……」
「全部、今はやるな」
即答する。
「どれも“衝動的”だ」
主婦の目が揺れる。
「……でも……あんなものを……」
「いいか」
俺は声を落とす。
「大事なのは
“何を見ていたか”より、
“なぜそこに向かったか”だ」
棚から、小瓶を三つ出す。
今日は音を立てずに。
◆一本目
【親の動揺を落ち着かせるポーション】
「まず、あんた自身だ」
瓶をそっと押し出す。
「ショックを受けたままじゃ、
何を言っても“責め”になる」
主婦の肩が、少しだけ下がる。
◆二本目
【距離感調整ポーション(親子用・微)】
「これは“許す薬”じゃない」
そう前置きしてから続ける。
「“踏み込みすぎない距離”を保つための補助だ」
主婦が小さく呟く。
「……見なかったふり、ではないんですね」
「違う。
“今は踏み込まない”だ」
◆三本目
【対話準備ポーション】
「これは
“いつか話す時”のためのやつだ」
瓶を指で軽く叩く。
「怒るためでも、裁くためでもない。
“心配している”って言葉を
ちゃんと通すための補助」
主婦は、しばらく黙って瓶を見ていた。
「……息子が、壊れてるんじゃないかって……」
俺は首を振る。
「壊れてない」
はっきり言う。
「思春期の興味が
歪んだ形で出ることは、珍しくない。
それを“即=人格”に結びつけるのは、早い」
少し間を置く。
「ただし」
声を低くする。
「放置していい問題でもない」
主婦が息をのむ。
「だから順番だ」
俺は指を折る。
「今日は、あんたが落ち着く。
次に、生活の変化やストレスを観察する。
最後に、必要なら専門家に相談する」
主婦の目に、涙が溜まる。
「……私、
母親として失敗したんじゃないかって……」
「それな」
俺は静かに言う。
「失敗したと思って、ここに来てる時点で
“投げてない親”だ」
クリムがそっと主婦の足元に寄り、
鼻先をちょん、と触れる。
ルゥは反対側に座り、
“一人で抱えるな”と言わんばかりに動かない。
「怒りも嫌悪も、不安も」
俺は続ける。
「全部“親として自然な感情”だ。
でもな、
それをそのまま子どもにぶつけると
一番壊れる」
主婦は深く息を吐いた。
「……今日、来てよかったです」
「おう」
瓶を包みながら言う。
「“見てしまった”ことより、
“どう扱うか”のほうが、
ずっと大事だ」
扉が閉まる。
昼の光が、また店に戻る。
俺は棚を見上げて、ひとりごちる。
「……親業ってのは、
ダンジョンより判断難度高いよな」
クリム「きゅ(超高難度)」
ルゥ「わふ(サポート必須)」
この店は、
“答えを出す場所”じゃない。
順番を間違えないための場所だ。




