二次元に恋してしまってリアルの女が怖い
夜が深くなる一歩手前。
店の外は静かで、通りの灯りも少し鈍くなっている時間帯だ。
棚の瓶を拭いていると、扉がそっと鳴った。
カラン、じゃない。
控えめな、気配を探るような音。
入ってきたのは、視線が定まらない客だった。
立ったまま少し迷ってから、ようやく口を開く。
「……二次元に、恋してしまって……
リアルの女の人が、怖いんです」
俺は手を止めない。
驚いたりもしない。
「怖い、ってのは?」
客はしばらく考えてから、言葉を探すように続ける。
「二次元は……
裏切らないし、怒らないし、
理不尽なことも言わないし……
好意を向けたら、拒絶されることもない」
指先が、ぎゅっと握られる。
「リアルの人は……
どう思われてるか分からないし、
嫌われるかもしれないし、
失敗したら終わる気がして……」
ああ。
これは“逃げ”じゃない。
防衛だ。
俺は椅子をすすめる。
「座れ。
怖いもんを語る時は、立ってると余計に力が入る」
客は素直に腰を下ろした。
「まずな」
俺はゆっくり言う。
「二次元に恋すること自体は、悪くない。
それで救われてるなら、なおさらだ」
客が顔を上げる。
「……いいんですか?」
「いい。
感情は“役に立ったかどうか”で判断するもんじゃない。
生き延びるために必要だったなら、それは正解だ」
少し、肩の力が抜けたのが分かる。
「ただ」
俺は続ける。
「リアルが怖くなった理由を
“二次元が好きだから”にすると、話がズレる」
客は息をのむ。
「怖いのはな、女じゃない」
俺は棚から小瓶を三つ取り出す。
「“拒絶される可能性”と、
“自分が傷つく未来”だ」
小瓶を並べる。
◆一本目
【安心領域を認めるポーション】
「これは、
“二次元が安全地帯だった”って事実を
否定しないためのやつだ」
客が戸惑う。
「否定しない……?」
「無理に手放さなくていいってことだ。
安全な場所を持ってたから、
ここまで壊れずに来れた」
◆二本目
【現実恐怖の緩衝ポーション】
「リアルが怖いのは、
人じゃなくて“反応”だ」
瓶を軽く揺らす。
「これは、
他人の感情を“即・自分の価値”に直結させないための補助だ」
客の喉が鳴る。
「……女の人が怖いって、
結局“否定される自分”が怖いだけなんですね」
「そうだ」
俺は即答する。
「だから、
女が怖い=異常
じゃない」
◆三本目
【距離感調整ポーション】
「これは“恋愛しろ”って薬じゃない」
そう前置きしてから言う。
「現実の人間と、
“好かれなくても成立する距離”を体に思い出させる」
客は小さく笑った。
「……いきなり恋愛しなきゃ、って
勝手に追い込んでました」
「あるあるだな」
俺は肩をすくめる。
「二次元の恋は、
“完成された安心”だ。
現実は未完成で、不安定で、面倒だ」
少し間を置く。
「だから比べるな。
用途が違う」
客は、三本の瓶を見つめながら、ぽつりと言った。
「……二次元が好きなままでも、
リアルと少し関わっていいんですね」
「いい」
はっきり言う。
「二次元を捨ててからじゃないと
現実に進めない、なんてルールはない」
クリムが棚から降りてきて、
客の足元で丸くなる。
ルゥはその隣で、どっしり座った。
「怖いって気持ちはな」
俺は最後に言う。
「ちゃんと“自分を守れてる証拠”だ。
無理に壊す必要はない。
少しずつ、使い方を変えればいい」
客は深く息を吐き、頭を下げた。
「……来てよかったです」
「おう」
瓶を包みながら言う。
「二次元に恋できる奴は、
感情が豊かだ。
それは欠点じゃない」
扉が閉まる。
静かになった店で、俺は棚を見上げる。
「……怖がれるうちは、まだ大丈夫だな」
クリム「きゅ(守れてる)」
ルゥ「わふ(急がなくていい)」
この店は、
“現実に戻れ”なんて言わない。
現実と、
ちゃんと呼吸ができる距離を作るだけだ。




