表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギャル傭兵と凡人オレ  作者: もぴお
第二章 残り香
6/21

三節:頭目

 廃砦は思っていたよりも小さかった。

 けれど、その静けさは街の夜よりも重い。

 石壁には黒い焦げ跡がいくつもあり、扉の前には折れた矢と血の跡。

 誰かがここで死んだことを、壁が覚えている。


「誰も出てこないね」

 ランが呟く。声がやけに響いた。

「いる。息がある」

 リノが目を細める。

「中の空気が動いた」

 俺は槍を構え、心臓の音を数える。

 ひとつ、ふたつ、みっつ。


 扉を押すと、古びた蝶番が軋み、湿った空気が吐き出された。

 砦の中は暗く、埃と古い血の匂いが混ざっている。

 天井の魔導灯がちらつき、影が何度も形を変えた。


「お前らが、次の犬か」

 低い声が闇の奥から響いた。

 現れた男は、片腕を失い、古い鎧を革で補修していた。

 髪は白く、目だけが鋭い。

 生き残ることだけを目的にした、獣のような目。


「レイヴン・ガルド。元グランディア帝国騎士」

 リノが低く名を呼ぶ。

「“元”だ」男は唇を歪めた。「捨てた。役立たずの仲間と一緒にな」

 ランが眉をひそめる。

「部下、捨てたの? あんた最低じゃん」

「弱い奴は足手まといだ。見捨てる勇気も実力のうちだ」

 言葉が石壁に反響する。冷たい音だった。


「……そういうの、嫌いじゃないけどムカつくね」

 ランが大剣を担ぎ直す。

「気に入らんなら、戦場で語れ」

 レイヴンの目が光る。


 次の瞬間、地面を蹴る音。

 ランの大剣が風を裂き、男の剣がそれを受け止めた。

 金属音が砦の奥まで響く。


「速い!」

 俺が構える前に、二人の刃が三度交錯していた。

 ランの剣が火花を散らし、レイヴンが横に跳ぶ。

 片腕とは思えない速度。

 力の流し方が、熟練のそれだった。


「援護する!」

 俺は槍を構え、二人の間に滑り込む。

 穂先を突き出すが、レイヴンは一歩で見切った。

 剣が横薙ぎに走る。

 槍の柄に衝撃。手が痺れる。

「その構え……帝国式か」

「……昔、いた」

「なるほど。ならわかるだろ。凡人がいくら突いても、届かねぇ」


 その一言が胸に刺さった。

 反論の代わりに、もう一突き。

 レイヴンはそれを刃の腹で受け流し、逆に蹴りを放った。

 盾ごと弾かれる。背中が壁にぶつかる。肺が鳴った。


「ソウマ、下がって!」

 リノの声。

 青い閃光が砦の中を走り、空気が震えた。

 雷光がレイヴンの足元をかすめる。

 しかし、彼は刃を振り下ろしてその光を切り裂いた。

「その剣……魔族の力か」

「……関係ない」リノが短く返す。

「ある。半端な血は、半端な刃を生む」

 その言葉に、リノの瞳がわずかに揺れた。

 青い光が、剣の縁に再び灯る。


「リノ!」

 俺が呼ぶと、彼女の肩がびくりと震えた。

「落ち着け。こいつの言葉は挑発だ」

 リノは唇を噛み、剣を少しだけ下げた。

「……わかってる」

 その声は、かろうじて人間の温度を取り戻していた。


 レイヴンが鼻で笑う。

「仲間に手綱を引かれてるうちは、半人前だな」

 その一言に、空気が切り替わる。


「黙れ!」

 ランが叫び、大剣が横薙ぎに振り抜かれた。

 金属が鳴り、火花が散る。

 レイヴンの剣がランの肩を掠め、血が飛んだ。


「ラン!」

「大丈夫っ、掠っただけっ!」

 息が荒い。立ち上がろうとするが、足がふらつく。


 俺は一歩踏み出した。

 盾を投げ捨て、両手で槍を構え直す。

 レイヴンの目が、僅かに笑った。

「盾を捨てるか。覚悟は悪くない」

「覚悟なんて立派なもんじゃない。……ただ、生きたいだけだ」


 走る。

 土埃が舞い上がる。

 体の軸がぶれる。だが構わず突き込んだ。

 レイヴンが刃を構える瞬間、ランの大剣が横から割り込む。

「させるかっての!」

 重い金属音。

 レイヴンの重心が一瞬ずれた。


 その隙間を、突く。

 訓練で何百回も繰り返した動作。

 手の皮が擦れて痛い。

 それでも穂先はぶれず、まっすぐ伸びた。


「――っ!」

 鈍い音。

 槍が相手の胴を貫いた。

 抵抗、そして重み。

 レイヴンの体がゆっくり崩れる。


「……凡人、か」

 血の泡を吐きながら、男は笑った。

 そのまま膝をつき、動かなくなった。


 静寂。

 砦の外から、風が吹き抜けた。

 汗と血が混じった匂いが、鉄の味を残す。

 俺は槍を引き抜き、深く息を吐いた。

 手が震えていた。


「やった……?」

 ランが息を吐きながら立ち上がる。

「……ああ。終わった」

 リノがそっと近づき、倒れた男を見下ろす。

「“弱い者を捨てる”って、強さじゃないわ」

 ランが鼻を鳴らす。

「ほんとそれ。弱い奴がいなきゃ、強い奴も輝かないのにね」

 俺は笑うしかなかった。

 凡人にできるのは、笑うことくらいだ。

 でも、今はその笑いが少しだけ誇らしい。


 砦を出ると、風が冷たかった。

 西の空が赤く染まり、光が砦の影を長く引きずっていた。

 リノが小さく呟く。

「……ありがとう」

「何に?」

「止めてくれたこと。あの時も、今も」

「仕事だ」

 そう答えながら、俺は空を見た。

 赤の中に、青がひとすじ混ざっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ