表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/21

戦場でもない街

ギャル書きたいんだけど難しいですな

 港町レヴァンの朝は、うるさい。

 鐘が鳴るたびに値札が変わり、露店の店主が舌打ちし、

 客が値切り、港のクレーンが軋む。

 魚を締める音、樽が転がる音、パンが焼ける香り、

 路地に溜まった昨夜の酒の匂い。

 海は目の前にあるのに、潮の匂いは油と香辛料に押し負ける。

 ここは戦場じゃない。けど、毎朝、誰かが生き延びて、誰かが削られていく。


 俺――ソウマは、市場の端の長椅子に腰を下ろし、

 掲示板の紙切れを眺めていた。

「遺失物の捜索」「婚礼行列の護衛」「行方不明の猫」……猫?

 命の値段も、猫の捜索も、同じ板に貼られている。

 銅貨の軽い音が、祈りの声より現実的だ。

 兵士だった頃は、紙の匂いまで気にしなかった。

 今は紙一枚の湿り具合で嘘か本当かを嗅ぎ分ける。


「おはよ、(グレイ)くん」

 背中に軽い風。

 振り返ると、金髪を高い位置で束ねた女が、朝日に縁取られて立っていた。

 腹が冷えそうなへそ出し服、柄を盛大にデコった大剣。

 名はラン。(スカーレット)級の傭兵。

 冗談みたいな格好だが、刃の重心の置き方は素人じゃない。


「寝坊かと思った」

「んー、寝坊したけど来たし。セーフでしょ」

「……理屈おかしいだろ」

「え、結果オーライじゃん?」

 ランは露店のパンをひょいと買って(……買ったよな?)

 かじりながら、店主と軽口を交わす。

 怒鳴り声が飛ぶ前に、銅貨二枚が指の間で光った。あいつなりに線は踏む。


 少し遅れて、黒いローブの女がやってくる。

 歩幅が一定で、視線は揺れない。無駄のない動き。

 リノ。ランの相方で、(スカーレット)

 俺とは半年の付き合いだが、目だけはいまだに読めない。


「朝からうるさいわね。港より声がでかい」

「いいじゃん、朝だし。テンション上げてこ」

「元気と騒音は違うの」

 俺は肩をすくめて立ち上がる。

 この二人と組むようになって、命の危険は減ってない。

 でも、退屈は確実に減った。


「で、今日の仕事は?」とリノ。

「魔導塔までの護衛。前払いで金貨一枚。帰ってこれたら二枚だ」

「命安すぎ。物価上げてほしいんだけど」

「傭兵稼業に相場はない。あるのは“生き残るかどうか”だけだ」

 口に出してみて、自分で嫌になる。正論は味気ない。


 市場の雑踏を抜けると、石造りの検問所がのしかかる。

 門のアーチには魔力探知機が埋め込まれていて、

 通る者の肌に青白い光が撫でる。

 鈴のような音が一つ、そして俺たちの番で短く歪んだ。


「……反応あり。もう一度通れ」

 兵士の眉間に皺。

 リノが視線を落とす。胸元のあたり――危うい。

 俺は半歩前に出た。

「悪い。この剣、安物の魔石が混ざっててさ。朝の強い光で誤反応する」

「そんなの聞いたこと――」


 兵士の言葉にかぶせ、ランが肩をぽんと叩いた。

「カスロ?、朝から仕事早くね? 昼飯まだでしょ? 焼き串二本、

 後で持ってくるからチャラってことで」

「誰がカスロだ」

「え、名前カスロじゃないの? まあいっか。串はマジうまいよ」

 兵士は疲れた顔で手を振った。

「……いい。さっさと行け」


 門を抜けた瞬間、リノがほんの少しだけ息を漏らす。

「……助かった」

「バレたらバレたでしょ。あーしら、逃げ足だけは速いし」

 ランが笑う。リノの口元が、わずかにほどける。

 俺は二人の背を見ながら歩を合わせた。

 強い奴らは、驚くほど気楽に笑う。

 凡人の俺にできるのは、その笑いを見失わないことだけだ。


 依頼主の技師は、しゃべるために生きているような男だった。

 白衣の裾を踏みそうになりながら、延々と理屈を並べる。

「君たちのような傭兵がいるのも、魔導技術あってのことだ。魔力を安定供給するこの塔の――」

「はいはい、感謝してまーす」ランが片手をひらひら。

「放っときなさい。話してるだけよ」とリノが袖を引く。

 俺は前を見ながら耳だけ貸す。

 兵士時代は、こんな護衛にも呼ばれなかった。訓練ばかりで、実戦はゼロ。

 “才能ない奴ほど死なない”――そう思っていたのは、あの頃だけだ。


 森の手前で、空気の温度が半度落ちた。

 葉の揺れる音が、風の強さと合わない。

 矢が一矢、土を噛んだ。

「来るぞ」

 言うより早く、ランは前に出ていた。

「マジでやってくるとか信じらんな!」

 大剣の平で二矢を弾く。金属音が高く割れて、鳥が一斉に飛んだ。


 リノの剣が青く光った瞬間、風圧が頬を叩く。

 敵は十。革鎧、刃こぼれ、飢えた目。腕はないが、殺意は本物だ。

 俺は盾と槍を上げ、技師を背に隠す。脚が震える。

 訓練場の“正しい構え”は、現実の刃の前で形だけになる。


 一人が吠えて突っ込む。

 槍を突き出す。刺さる。熱い液体が手元へ逆流してくる感触。

 視界が狭くなる。息が速い。

「ソウマ、下がって!」

 リノの声。雷光が地面を走り、俺の前の影が崩れ落ちた。

 焦げた匂い。口の中が鉄の味になる。


 数息ののち、森は静かになった。

 ランが肩で息をしながら剣を担ぐ。

「ふー、今の立ち回り、悪くなかったわ」

「毎回それ言ってる」リノは呼吸を整えつつ、青い刃を鞘に沈める。

「だって本当だもん」

 彼女の横顔は少し曇っていた。

 刀身を見つめる目の奥に、押し殺した何かが沈んでいる。

 気づかないふりをするのも、チームの役割だ。


「俺、ほぼ隠れてただけだ」

「生きてりゃいいの。死んだら終わりでしょ」

 正論は、刃より鈍く刺さる。俺は頷くしかない。


 夕暮れ、魔導塔の影が地面を長く伸ばす。

 遠い海上に、黒い霧の壁――“禁域”がうっすら見える。

「……禁域か」技師の独り言に、リノの目が刹那、硬くなった。

 俺は見ないふりで、塔の扉を叩く。


 報酬、金貨三枚。

 生きて受け取る金貨は、想像より重い。

 俺たちはまた、次の仕事を探す。

 ――生きてる。それだけで充分だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ