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005.ドラゴン退治

 異端の男はため息をつきながらその場に座った。

 スーツの裾はドラゴンのブレスにやられたのか、焦げて一部がなくなっている。

 水を纏わせた剣は扉に立てかけた。

 男の言う"水月"という技を使った例の剣だ。


「……んだよジロジロ見やがって。『こいつあんなカッコつけておいてボロボロじゃねえか(笑)』とか思ってんのか!? しょうがねえじゃん! ガキの前で情けないこと言えるかよ! だいたいな——」


「いえそういう訳じゃないです! すみません……」


「謝らないでくれ、何か大人気ない……そういや名前も何も聞いてなかったな」


 男は座り直して目を合わせてきた。

 男の背筋が伸びていて妙な緊張感がその場に漂う。

 この雰囲気は既視感からくるものだろう。

 稽古の前の挨拶、師匠はこの男と全く同じ姿勢をとる。


「俺の名前は”アンドレイ”だ。好きに呼んでくれ」

「……俺の名前は"ハル"です」


 名前を教え合ってからしばらく沈黙が続く。

 目を合わせようとすると異端の男、アンドレイが露骨に目を逸らしてくる。

 先に目を合わせてきたのはお前だろうに。

 なんだか気まずい雰囲気だ。


「あのー……ハルだっけか? なんでここにいるんだ。俺は門の前で見とけと言ったが」


「父さんが心配だったんです。父さんはこの街のギルドで働いているので」


 アンドレイは俺の様子を見て察したのか、口をつぐんで沈黙が始まってしまった。

 俺は冷静を装って話しているが、全く気持ちは収まっていない。

 この部屋にいるだけで気が狂いそうになる。


 俺は立ち上がって尻についた塵を手で払った。

 ドラゴンをぶっ殺さないとこの気持ちは溢れ続けてしまう。

 ——父の復讐をしないと。


「ハル、お前は行かない方が良い。あいつはお前が戦えるような相手じゃない」


「行かせてください。いや、あなたが何と言おうと俺は行きます」


 アンドレイは神妙な面持ちで警告を続ける。

 自分でも理解している。

 いくら何でも子供がドラゴンに立ち向かうのはあまりにも危険。

 勇気と無謀を履き違えている。

 それでも俺は、一撃でも復讐してやりたいんだ。

 この街を、父さんを奪ったあのドラゴンに。


「……俺は知らねえぞ。ついてきたかったら勝手に俺の背中を追ってろ」


 アンドレイは剣に体重をかけて立ち上がった。

 単に俺の心配をしているのか、はたまた責任を負いたくないのかは不明だが

 ついてきて欲しくなさそうな目で俺を見つめた。

 数秒目を合わせた後に、アンドレイは頭を掻きながらドアを開けた。


 ドアを閉められてアンドレイの姿が完全に見えなくなってからしばらくして、

 俺はギルドの床にばら撒かれた剣の一つを手に取った。

 炎の灯りを剣身が反射して赤く輝く。

 父さんが愛用していた剣だ。


 父さんはこの剣のことを"アスカロン"と呼んでいたような記憶がある。

 母さんを呼ぶ時よりも甘い声で剣に話しかけていて、母が嫉妬していた。

 今はその声すら聞くことができない。


 俺は剣を持って扉を勢いよく開けた。


▼ ▼ ▼ ▼

 

 扉を開けると街並みが様変わりしていた。

 さっきまで至る所で大きな炎と煙が上がっていたはずだったのだが、

 それらが元から無かったかのように消えていた。

 左を向くとレッドドラゴンが空からファイアブレスを吹き続けているのが見えた。


 炎がなくなって走りやすくなった道を駆け抜ける。

 まあ瓦礫などは当然あるため、あくまで走りやす"くなった"だ。


 昔は重くて持つことすらできなかった父さんの剣。

 今は持ちながら全力疾走できる。

 ああ、結局昔の約束を守ることができないな。

 待ってろよクソドラゴンめ。

 俺が絶対お前の首を取ってやるからな。


 障害物を乗り越えながら走っていると、前方に小さな背中が二つ見えた。

 一つはとても小さく、なのに威圧感がある。

 一つは大きいのにどこか情けなさが残る。


——師匠と異端の男、アンドレイだ。



 あの立ち振る舞いからするに、レッドドラゴンと戦っている最中だろう。

 今すぐにでも俺が来たことを知らせるべきか。

 しかし、ここから話しかけて注意を引いてしまえば、彼らの命も危険に晒される。

 この場合、話しかけずに向かうのが吉だ。


「ゲッ! あのガキンチョがマジで来やがった」


 アンドレイが後ろを振り返って俺を睨んできた。

 気づかれないように行くつもりだったが、普通にバレてしまったな。

 もうこの際ここから声を出しても良いか。


「師匠! アンドレイさん! 俺も加勢します!」

「ちゃんとハルに稽古してるのか?」

「してるんだけどなぁ……何か自分勝手な奴で」


 何かぶつぶつ言っているのが聞こえるが、

 俺はそんなの気にせずに彼らの元へ向かった。

 数秒もすれば到着した。

 舌打ちが聞こえたような気がする。


「はーあ……ガキは何でここに来たんだ?」

「勿論、あのドラゴンを退治するためですよ」


 前方上空にレッドドラゴンが佇んでいる。

 攻撃をやめて睨み合っているのが現状だ。

 あの鱗の赤さは元から赤いのか、それとも返り血でさらに赤く染まっているのか。


「わしの可愛い弟子のハルよ。ドラゴンを退治すると言ってもどうするんだ」

「……」


 それが分かってたらドラゴンを瞬殺している。

 本来、あのような遠方にいる敵は魔術師の遠距離魔法で対応するのがセオリーだ。

 しかし、生憎この場には男しか居合わせていないため魔術を打てる者がいない。


『男は魔術師に、女は剣士になってはいけない』


 この掟がある以上、あのドラゴンに勝つことはできないということだ。


 互いに睨み合う時間が続く。

 隙を見せれば一瞬で殺されそうな緊張感を感じる。

 まあアンドレイはさっき隙見せていたけどな。



——あれ、アンドレイって……



 異端。

 それは正統な常識に従わない者達を指し示す言葉。

 見つかれば死刑になる可能性だってある。

 男なのに魔術師になるとか、その逆とか。


 でも、もし。

 その忌み嫌われる異端が街を救うのであれば。

 それは悪と言えるのだろうか。

 それは犯罪者と言えるのだろうか。



「アンドレイさん。魔術使えますよね」

「ちょ! お前あんま大きい声で言うなよ! 照れるだろぉ……」

 

 アンドレイはニヤニヤして俺を横目に見た。

 アンドレイが異端であるからこそ、この街を救うことができるのかもしれない。

 異端が英雄になるなんて聞いたことがないが。


「その水を纏った剣で攻撃できませんか?」


 アンドレイの持っている剣は常に水を纏っている。

 一滴も地に滴らない様子は不気味にも見える。

 異端にしか使えない、異端専用の剣だ。


「別にできるぞ。ただ五分間ぐらい猶予が必要なんだ。チャージ的な技でな」


 つまり俺と師匠で時間稼ぎをすれば良いのだ。

 その間にアンドレイが剣に力を溜め、何かしらの遠距離攻撃をドラゴンに浴びせる。

 ドラゴンを落とすことができさえすれば、俺らが勝ったも同然だ。


 師匠と俺はアンドレイを間に挟んで目配せした。

 アンドレイは呑気に鼻くそをほじっている。

 本当にこいつは状況を理解しているのか?


「わしの可愛くない方の弟子のアンドレイ。わしとハルで時間を稼ぐから頼むぞ」


 薄々勘づいてはいたが、アンドレイは師匠の弟子だ。

 つまり俺の兄弟子にあたるということ。

 師匠との既視感は間違っていなかった。


 師匠が指でカウントダウンを始める。

 自分の心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。

 今から五分間、ドラゴンの猛攻に耐えなければいけない。

 実践がそもそも初めてなのに、その相手がよりによってドラゴンなのだ。


 師匠があげる指の数が少なくなる。

 作戦もクソもないぶっつけ本番の戦いが始まる。

 0になった瞬間、師匠と真反対側に走り続けるしかない。


—— 3



 足に力を入れてスタートダッシュの用意。



—— 2



 "アスカロン"に手を添えていつでも戦えるように。



—— 1 



 そして遂にこの瞬間が訪れる。

 



「……0」


 そう呟いたのはアンドレイだった。

 予想もしていなかった奇行に体が停止する。

 理解が追いつかない。

 いや、彼は周りの理解が追いつかないように間髪入れずに唱えた。


水月(すいげつ)一衣帯水(いちいたいすい)


 ゆっくりと横に一振りされる剣。

 世界が一時停止したみたいに、静寂に包まれた。

 剣に纏っていた水が地に優しく落ちていった。

 アンドレイは周りを見渡し、目を閉じながら生意気に鼻で笑う。


「……は?」


 彼はやってやった感を醸し出していたが、

 結局状況は何も変わっていない。

 突然厨二病的なことを唱え、さらに剣を横に振って周りを困惑させただけだ。

 時間稼ぎの一環としてやったのか。

 それともチャージ技を出す前の儀式なのか。

 頭がおかしいのか。


「よし、こっからは師匠とガキのハルの出番だ」

「出番って……そりゃそうですけど、今のは何の意味があるんですか!? 挑発ですか?」


 アンドレイは俺の反応を待ち侘びていたかのように大声で笑った。

 何もおかしなことは言っていない。

 強いておかしいと言えるのはこいつの頭か。


「いいかガキよ! ドラゴンは逆鱗が弱点だ。そこをスパッと切り裂けば良いのだよ」

「それはドラゴンを落とせてからの話ですよね」


 師匠に同調を求めるために顔を傾ける。

 俺はその顔を見て驚いた。

 額には汗が浮かび、顔が今までに見たことがないくらい青く染まっていた。

 足が若干震えているように見える。


 師匠は皺が入った指を前に向けた。

 ドラゴンが佇んでいる方向だ。

 まさか、ドラゴンが挑発にのって激怒している?

 そういえばアンドレイに気を取られて、ドラゴンの攻撃を意識していなかった。

 こんな奴のせいで死にそうになってるのか。

 

 俺は視線をドラゴンの方へと向けた。

 それと同時にアンドレイは言う。


「安心しろよ。ドラゴンは今から落ちるから」


 ドラゴンの翼が地面を掠めていた。

 刹那、地面が揺れて大きな砂埃が宙に舞った。

 それと共に体の芯に響くような重低音が来る。

 ドラゴンが地に落ちたんだ。


 あまりの衝撃に後ろに一歩下がってしまう。


「うえー! 口に瓦礫の破片か何かが入ってくる……」


 アンドレイは朝のオッサンの痰吐きのように、斜め下を向いて唾を飛ばしていた。

 俺はこの状況についていけなかった。

 師匠も俺と同じ気持ちでいると思う。


 ただ、状況なんてどうでも良い。

 アンドレイがやったのかも不明だが、ドラゴンが地に落ちてくれたんだ。

 後は逆鱗を切り裂けばこっちの勝ち。

 復讐が、完了する。


「行ってきます」

「ちょハルのガキ! 視界が晴れてから行かないと、攻撃に気づけないぞ!」


 アンドレイは俺を必死に呼び止めている。

 しかし、俺は一心不乱にドラゴンの元へ疾走した。

 このチャンスを見逃せばもう復讐できないかも。

 なんて考えたら、冷静に待つことなんて無理だ。


 感覚で何となくドラゴンの位置は分かる。

 時間が経つにつれ視界が晴れて走りやすくなった。

 俺はアスカロンに手をかけていつでも逆鱗を裂けるように準備をした。



——その時だった。


 突然、砂埃が薙ぎ払われるように消えた。

 すると目の前にドラゴンの鋭利な爪が現れる。


 迂闊だった。

 砂埃でドラゴンの攻撃に気づかなかったのだ。


 目に爪がゆっくりと近づいていく。

 結局、敵討ちも出来ずに感情に操られて人生を終えることになるみたいだ。

 まったく情けない人生だと自分でも思う。

 何回俺は周りの人を失ってきたのだろう。

 その度に、次こそは次こそはって。

 何も変われていないじゃないか。



 まあ、もういいや。

 

 俺は目を閉じてドラゴンの攻撃を受け入れる。

 このまま行けば頭ごと切り裂いて即死だ。

 そう、これで俺の人生は終了。


「……」


 しかし一向に地獄は見えなかった。

 ずっと暗闇が映り、痛みも感じない。

 俺は目を開けて確かめることにした。


「……は?」


 足元にドラゴンの手が落ちていた。

 それだけじゃない。

 前方にいるドラゴンの逆鱗が、綺麗に切り裂かれドラゴンは絶命していた。

 夜空の星々が俺を照らしている。


 後ろを振り向くとアンドレイが唖然としていた。

 師匠はまるで化け物を見るかのような目で俺を見つめていた。

 意味不明なこと続きで頭がおかしくなる。


 そうだ、アスカロンは無事か。

 父さんの形見だから大切にしなくちゃ——


「……もう何なんだよ!」


 アスカロンの外見が豹変していた。

 別に形とか色が変わったって訳じゃない。

 ただ、明らかに変わった所があった。


 アンドレイの使っている剣に似ている。

 アスカロンは"電気"を纏っていた。

 青や緑色に見える不思議な光だ。

 バチバチと音を奏でている。


 アンドレイは俺にゆっくりと歩み寄ってきた。

 すると、俺の頭をぽんぽんと叩く。

 少し前屈みになり視線を合わせ、彼は言う。


「その剣が雷属性の魔法を突如として放った。お前があのレッドドラゴンを倒したんだ。」


 俺は何も理解できなかった。

 "バチバチ"という剣から発せられる音だけが頭の中に入ってくる。

毎日投稿をすると言ったな。あれは嘘だ。

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