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003.異端の魔法剣士

 目の前にいる男は弾劾されるべき存在。

 男なのに魔術を堂々と使う"異端"だ。

 見つかれば即死刑になる可能性があるほど危険。

 飛び散る火の粉を、水をまとった剣で振り払っていた。


「本当に……"異端"なんですか……?」

「そうらしいぞ〜。なんか急に捕らえられたし」


 男は笑いながら呑気に答えた。

 まるで他人事のように、ことの重大さが分かってないように。

 恐怖のあまり足の震えが止まらない。

 しかしドラゴンは俺のことなど待ってはくれない。

 刻一刻と街の崩壊は進み、炎も大きくなっていった。


「というかこの状況! なんで街が燃えてんだ!」


 男は今更街の状況に気づいたようで大声で叫んだ。

 さっきまで門を背中に座っていたため、ドラゴン襲撃に気づかなかったのか。

 だとしても鈍感すぎるような気がする。

 

 炎の中からの悲鳴は止まない。

 この男も確かに危険で気になるが、街の人々の救助を優先しなくては。

 父さんを早く助けないと……

 自分の頬を大きくビンタして奮い立たせた。

 今から……炎の中に飛び込むんだ。

 


「うおおおおおおおおおお!」

「ちょ、ちょっと待てガキ! やめとけバカ!」



 俺が炎の中に足を入れた瞬間、男が腕を掴んで引き戻してきやがった。

 男の剣は地面に刺さって水も蒸発した。

 日々鍛錬を積んでいるものの、成人男性の力には到底及ばず簡単に戻されてしまう。


 俺は地面に尻餅をつくように倒れた。

 父さんや街の人々が命の危機に面しているというのに、この男はなんで邪魔するんだよ!

 怒りに身を任せるように、男の胸ぐらを掴んだ。


「なぜ行かせてくれないんですか! あなたはこの街の人を見殺しにする気なんですか!?」


「一旦冷静になれよ! お前が救助に行ったところでだ! 何か策でもあるのかよ?」


 男は俺の顔を両手で挟むようにして顔を近づけてきた。

 男の質問に答えることができなかった。

 全部図星だったからだ。

 無策のまま街に飛び込もうとしていた。

 心のどこかでここで死んでも悔いはないなんて思ってしまっていたのかもしれない。


 俺は黙って俯き、胸ぐらを掴む手の力を弱めた。

 男のスーツにシワがつく。

 男は俺の顔から手を離し、門へ近づいていった。


「……まあガキはここで見ときな。この街には"異端"だと褒めてもらえた恩があるからな」


「まさか行くんですか!? 相手はレッドドラゴンですよ。多分……死にますよ?」


「そこまで分かってて行こうとしたとか馬鹿だな」


 男は切れ味の良い例の剣を拾った。

 この街を助ける義理なんて無いのに、なぜ彼はこの街を救おうとしているのだろうか。

 門から見える炎に向き合い、彼はこう唱える。


水月(すいげつ)


 さっき唱えた時と同様、剣の先に突然として水の塊が現れた。

 瞬く間にその水が剣を覆う様に流れてゆく。

 これは魔術を使わないと再現できない技。

 この男が"異端"であることは間違いないようだ。

 

 完成度に納得いっていないのか、片眉をピクピクとあげている。

 ため息をつくその姿はただのスーツ営業マン。

 とても強そうには見えず、不安が残る背中だ。


 しかし、どこか引っかかる点があった。

 猫背で剣を持っていない手を腰に当てる後ろ姿。

 右足だけつま先立ちになる所も、その他全て。

 どこかで見たことがあるような気がするんだ。


 彼は首だけ後ろに向けて、うざったいウインクを飛ばしてきた。

 ワックスで固めているのか風が吹いても髪が靡いていなかった。

 誰がどう見ても無謀で止めるべき行動だ。

 でも何故だろうか。あの背中の既視感から。

 彼にこの街を任せられるような気がしてしまった。


「んじゃ、行ってきますわ。俺が死にそうになったら助けてよ? マジで、怖いからさ」


 彼はそれだけ言い残すと、ゆっくりと炎の中に歩みを進めていった。

 何か言葉をかけようとした時には、炎で彼の背中は見えなくなってしまっていた。

 熱気が更に増したような気がした。


 数十秒間唖然と立ち尽くしていると、後ろから転げ落ちるような音が聞こえた。

 振り返ると剣術道場の師匠が腰を抑えながら立ちあがろうとしていた。

 慌てて坂を下って石につまづいたのだろう。

 片眉をピクッとあげ、俺の顔を覗き込むように見つめる。

 


「いてててて……ハルだよな。無事なのか?」


「師匠は自分の体の方を心配した方が良いかと……そういえば先ほど"異端"の男が街に入っていきました」


「本当にこの街に異端の冒険者が来てたんだな。話している余裕もない。俺は街の人々の救助をするから、ハル君は早く避難しなさい」


 師匠は話を切り上げると、腰に据えた剣を抜いて肩に担いだ。

 何の躊躇もせずに炎に飛び込もうとするその姿は、貫禄も相まって英雄のよう。

 師匠の姿も気づけば見えなくなってしまった。

 それにしても師匠の構えのフォームは中々独特だ。

 少し猫背になって、右足だけ片足立ちに……


 


 ——その時俺は気づいた。


 既視感の正体は師匠だ。

 師匠とあの異端の魔法剣士の構え方とか癖が全く同じ。

 師匠とあの男はどのような関係なんだ。

 そもそもあの男の正体も何も分からないじゃないか。

 様々な疑問が俺の頭の中でぐるぐると回る。

 俺の疑問は次第に膨らんで好奇心へと変わる。


 足に猛烈な痛みを感じた。

 気づけば好奇心に誘われて炎の中を進んでいたのだ。

 死ぬかもしれないと分かっているのに。

 俺の足は言うことを聞かずに、ただ炎に巻かれた街の中を駆け出し始めた。

 あの"異端の魔法剣士"に惹かれたんだ。

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