001.世の中はそれを"異端"と呼んだ
新連載です。
毎日投稿するのでよろしくお願いします。
今日は三話ほど
「これで今日は終わりだな。ハル、お前には期待しているんだから頑張れよ」
「勿論ですよ師匠。今日もありがとうございました」
手を見ると剣を握りしめていた跡がくっきりと残っている。
赤く染まった手のひらを見つめて
自分はここまでやったんだと優越感に浸るのが最近のマイブームだったりする。
俺は斜め上を向いて明らかなドヤ顔をしながらドアを開けた。
道場を出ると空はすっかりオレンジ色に染まっていた。
しかしこの風景にも慣れたもんだ。
奥には超巨大な山、下を見渡せば街が広がる。
今日の練習は早めに終わったので、街で買い物をして帰ろうか。
この前食べてしまった妹の分のケーキもついでに買っておこう。
緩やかな坂を下って街に向かう。
街といっても田舎の方だから店は少ない。
だからいつも買うものは一緒だし、そろそろ飽きてきた。
そんなしょうもないことを考えているうちに、街に到着していた。
確かに街の規模は小さいが、とても賑やかで温かい雰囲気が漂っている。
俺はこんな街を愛しているんだ。
門を通ってすぐ横にある武器屋で、剣でも買おう。
今持ってる剣は大分錆びてしまっているからな。
「いらっしゃーい、ってハル君じゃないか」
ドアを開けると見たことのある顔の奴がいた。
武器屋の店主は父の飲み仲間みたいなもので、
よく家に来て宅飲みをしている。
「剣を買いに来たのか? すまんが今日は無理なんだ」
「えー! せっかく降りてきたのに…… 理由を聞いていいですかね」
そう聞くと店主は剣を研ぐのを止め、椅子に腰掛けた。
体重オーバーなのかギシギシ音を立てている。
ギシギシ音と共に店主は話す。
「この街に"異端"の冒険者が現れたんだよ」
「"異端"って……あの異端ですよね」
"異端"。
それは正統な常識に従わない者達を指し示す言葉。
ある一つの常識に従わないものが"異端"と呼ばれる。
「男は魔術師に女は剣士になってはいけない」
学校でも一番最初に習うことであり、
この世の中を構成している土台といっても過言ではない。
商人であってもこのルールは絶対だ。
だから俺も剣術を学んでいる。
実際、中学を卒業してからほとんどの同級生男子が剣術道場へ進んだ。
そんな正統な道から外れて、
常識に従わない人間とのことを世の中は"異端"と呼んだ。
男なのに魔術師になるとか、その逆とか。
異端は犯罪者かのように扱われる。
いや、犯罪者なんだ。
もし見つかって捕らえられたら死刑になる可能性だってある。
そこまでして異端になる意味が分からない。
「今から異端のやつを見つけ出して、牢獄に捕らえなきゃいけないんだ」
「だから店を留守にする……ってことですね」
「そうだ。だからハル君みたいなガキンチョは早く家に帰ってママと寝ていなさい」
店主はそう言うと豪快に肩を揺らして笑った。
口に咥えているタバコが地面に落ちる。
そのまま椅子から転げ落ちればいいのに……
「ま、そんな感じだから。明日なら空いてるから」
「分かりましたよ……ありがとうございました」
俺は不貞腐れた感謝を伝えて店を後にした。
後ろから店主の笑い声が聞こえてくる。
あんな奴が異端を捕らえることができるのか、この街が不安だな……
残念な気持ちをいっぱいに抱えながら門をくぐる。
そろそろケーキの件がバレているだろうか。
帰るのも嫌になってきたな、
なんて考えながら坂を登っていく。
下りは緩やかに感じるのに、登りはなんだか急に感じた。
▼ ▼ ▼ ▼
俺の家は道場のすぐ隣にある。
徒歩2分程度の超近所だから、寝坊してもギリ間に合うのだ。
「ふー……着いた着いた。さて妹になんて言い訳をしようか」
ゆっくりとドアノブを回し、ドアを引く。
一番最初に目に入ってきたのは腕を組みながらプンプンしている妹だった。
小柄な体なのに威圧感が半端ない。
これは面倒なことになりそうだなあ……
「なんで怒っているのか分かるよね?」
「ずびばぜんでじだー! 渾身の土下座をするので許してくだざい!」
くらえ! 俺の必殺奥義、渾身速攻土下座!
これを受けた相手は、どんな反応をすればいいのか困って許してしまう。
現に妹も困惑して、口をあわあわさせている。
「お兄ちゃん……あ、ああ」
妹がそう言いながら後退りし、俺の後ろを指差す。
俺の必殺奥義の効き目がここまで出るとは……
「後ろだよ! お兄ちゃん!」
「なんだよー……は?」
奥には超巨大な山。
そして、その超巨大な山の上空にレッドドラゴンがいた。
ドラゴンはファイアブレスを街に吐いている。
街は夕焼けではなく、炎で赤く染まっていた。