第8話 Aランクヒーラーの太鼓判
カリンカさんの傷を癒すためにミントさんが回復魔法をかけたけど、手をかざして詠唱しただけだった。それにカリンカさんが昇天した様子もない。
(おかしいな、エミルは手を握ってくれていたんだけど?)
確かミントさんは『リザレクション』という上級回復魔法を使っていた。上級だからわざわざ触れなくてもいいってことだろうか。
「さあ、早く魔石を回収して帰ろうか。とりあえずこの魔石は私が持っておくよ」
カリンカさんはそう言うと、30センチほどある魔石をアイテムバッグに入れた。
帰り道も俺達は同じ並びだ。先頭にカリンカさんとミントさん。一番後ろにはサラさんがいて、俺とエミルはちょうど真ん中で守ってもらっている。
やがて、今はモンスターの気配が無いからとカリンカさんが口を開いた。
「エミルさん、こっちに来てくれないだろうか? ドラゴンの魔石の取り扱いについて教えておきたいんだ」
「はい、分かりました」
それからエミルがカリンカさんの隣に行ったので、俺はミントさんに声をかけた。
「あの、ミントさん、ちょっと教えてほしいことがあるんですけど」
「リクトくん、何かなぁー?」
ミントさんはそう言いながら俺の隣に来てくれた。綺麗な青髪がそっと俺の頬をなでる。
「回復魔法って、いつもさっきみたいにしてかけてるんですか?」
「さっきみたいってなぁにー? ……あ、さっきカリンカにかけたリザレクションのことだねー? それならその通りだよー?」
ミントさんは少し首を傾げてそう言った。
「そうなんですね。あの、たとえばなんですけど、回復したい人に触れてないと効果が無いとか、そんなことってあります?」
「えぇー? もしそうだとしたら、いっつも隣にいないといけなくなると思うよ? 範囲魔法なら別だけどねー」
「やっぱりそうですよね……。ありがとうございました」
「どういたしまして。あ、そうだ。回復魔法で思い出したよ。リクトくんに言おうと思ってたことがあったんだー」
「俺にですか?」
「うん。あのね、エミルちゃん。あの子にはね、ヒーラーとしての素質がすごくあると思うよ。私だってヒーラーだから、まとってる魔力で分かるんだよー」
「ですよねー。俺にも分かりますよ」
もっとも、俺の場合は魔力じゃなくてヒールで昇天した経験からって理由だけど。
「このまま冒険者として経験を積んだら、いつかはSランクになれるかもしれないよー? 戦いのなかで自然と新しい魔法が使えるようになったりするからね。それは『レベル』が上がったからっていわれてるけど、実際にそんな数字があるのかは誰にも分かんないけどねー」
なるほど。戦闘によって強くなることをこの世界では『レベルが上がった』っていうのか。
元の世界でも普通に使う言葉だ。
でも実際に数値として見えるわけじゃないから、概念としてそう呼んでるってことだな。
そうだ、レベルで思い出した。異世界に来てから俺は大事なことをやってなかった。宿に帰ったら叫んでみるか、「ステータスオープン!」と。
その後きっと恥ずかしさで床をゴロゴロ転げ回るほど悶絶するんだろうなぁ……。
ミントさんと一通りの話が終わりエミルを見ると、まだカリンカさんと話しているようだ。
するとそれよりもっと奥、薄暗い空間から二つの赤い光が猛スピードで近づいて来ている。
それはオオカミのような獣の目。体長は5メートルはあろうかという大きさで、大きく開けた口の中には太く鋭いキバが生えている。
そしてあろうことかそのモンスターは、会話中のエミル達を狙って飛びかかって来ていた。
「危ない!」
俺はそう叫んだと同時に走り出していた。【ダメージ調整】で無傷にできるから? 確かにそれもある。それもあるけど、自分でもよく分からない。きっと俺がこうしたいのだと思う。
そして俺は二人の前へ飛び出した。俺はせめてもの防御にと腕をクロスさせる。
ところがモンスターはその場にひれ伏し、魔石に変わった。
「いっちょ上がりー!」
声がするほうを見ると、弓を構えたサラさんが俺を見るなりニカッと笑った。
どうやら上から魔法の矢を浴びせて遠距離で倒したらしい。
「やっぱりサラが居ると安心できる」
「ねー! だから私やカリンカもお話に集中できるんだよ」
「ハッハッハー! もっとほめてくれてもいいんだぞー?」
この三人、本当にいい関係だなー。俺にもこんな友達がいればなぁ。
それから龍の巣の外に出た俺達は、カリンカさん達に改めてお礼を言った。
「無事にドラゴンの魔石が手に入ってよかったよ。こちらこそいい経験になった。私達のパーティー最後の仕事にふさわしかったと思う」
「パーティー最後って、まるで今日で終わりみたいな言い方ですね。まだまだ頑張ってSランクを目指すんじゃないんですか?」
「確かにそれが目標ではあったんだけどね、私達のパーティーは今日で解散するんだよ」