第7話 触らない?
「紹介しよう、アーチャーのサラと、ヒーラーのミントだ」
(ヒーラー、だと……?)
カリンカさん達は三人パーティーで、全員がAランクの実力の持ち主。カリンカさんは前衛、サラさんは後衛、ミントさんはヒーラーであり魔法使いだそうだ。
金髪ポニーテールお姉さんに赤髪ショートカットお姉さんに青髪ロングお姉さん。なんて煌びやかなパーティーなんだろう。
さらにそこに銀髪ロング美少女であるエミルが加わり、意図せずハーレムに。
そしてヒーラーが二人。この世界は俺を中心に回っているのだろうか?
俺達は全員が「よろしくお願いします」とあいさつを交わし、いよいよ出発となった。
受付ではカスミさんが「頑張ってくださいね!」というような仕草をして見送ってくれていた。
【龍の巣】はかなりの山奥にあり、ここガリアーノの街からじゃないと、道が険しすぎてとても近づけないそうだ。
「あの、カリンカさん。そんな場所にある龍の巣までどうやって行くんですか? 馬車だとかなり時間がかかりそうですけど」
「ああ、それはね、転移魔法を使うんだ」
「転移魔法……そんな奇跡みたいなことができるんですか?」
魔法自体が俺にとっては十分に奇跡なのに、転移魔法だなんてそんなものが存在するなら、この世界の主な物理的移動手段があまり発展していないのは自然なことなのかもしれない。
「正確には転移魔法陣かな。予め魔法陣を設置した場所を繋いで行き来するんだよ」
「魔法陣ということは、設置したのはミントさんですか?」
「ああそうさ。ミントは優秀なヒーラーであり魔法使いだからね」
「もう、カリンカったら、それは誉めすぎだよぉー」
おっとりスローな口調で謙遜するミントさん。エミルといい、なんとなくヒーラーに向いてる雰囲気があるなぁ。
「あれ? でもそうすると龍の巣にも転移魔法陣が必要になると思いますけど」
「それなら心配ないよ。昨日のうちに入り口の近くに設置して来たからね」
「えっ? それならもしかして出発が二日後になった理由って……?」
「昨日のうちに私達だけで、龍の巣の入り口に転移魔法陣を設置しに行ったからだよ。依頼主が少しでも安全に到着できるようにしたいんだ。でもそのせいで出発が遅れてしまったことは本当に申し訳ない」
カリンカさんのその言葉を聞いた俺は、そんな心遣いをしてくれたことが嬉しくて、引き受けてくれたのがこの人達で本当によかったと思った。
それから俺達五人は街外れにある目立たない場所に設置された魔法陣の上に乗り、あっさりと龍の巣の入り口までたどり着いた。
目の前が真っ白になったかと思うと、次の瞬間にはもう到着していたんだ。
「ここが龍の巣か……」
「私、初めてダンジョンを見ました……」
まず驚いたのは龍の巣がある場所。切り立った崖の上にあり、眼下には一面緑色の森が広がっている。陸の孤島とはこのことなのか。
さらに風がゴウゴウと吹き荒れており、足場は広くしっかりしているものの、飛ばされて落ちるんじゃないかと不安になってくる。
こんな過酷な場所にカリンカさん達は、俺達のために転移魔法陣を設置しに行ってくれていたのか。
龍の巣の大きさは、俺が昨日行ったFランクダンジョンとは比べものにならないほど大きい。
外観は同じく大岩のようだけど、どうなっているのかまるで適当に大岩を積み上げていったみたいに歪な形をしている。
「ここまで来ておいて何だけど、本当にお二人も中に入るのだろうか? ここで待っていてくれてもいいんだよ。護衛ならサラに居てもらうから」
「そーそー。ここは見晴らしがいいからね、怪しいヤツは近づく前に私が片っ端から倒してあげるよっ!」
「ありがとうございます。やっぱりFランクが二人もいたら足手まといですよね?」
「いや、決してそういうわけではないんだけどね。でもドラゴンの魔石を手渡すことが依頼内容ではないことから考えると、お二人からすれば中に入ることも大事なのだろうね」
うーん、やっぱりそう思うよなぁ。カリンカさん達には話しておくか。
「それはですね、エミルの気遣いで——」
「なるほど、エミルさんはいい子だな。確かに自分でも現地に行くのが確実だろうね。最近は護衛を引き受けたにも関わらず、途中放棄して依頼料は返さない悪質なパーティーもいるそうだから」
悪名は無名に勝る。あの金髪青鎧たちはそんなことで有名になってどうすんだ! ざまぁ対象としてロックオンしてやろう。
「それなら尚更ここで待っていてもいいのではないだろうか?」
「それなら大丈夫です。俺はこう見えても防御に自信がありますから、エミルと一緒に隠れてます。それにドラゴンと戦うなら人数が多いほうがいいんじゃないですか?」
「それはそうだけど、お二人がそれを望むのなら尊重するよ。それに私はタンクとしても動けるつもりだ」
こうして全員でドラゴンのもとまで行くことになった。入り口も歪な形をしており、一人ずつ入るしかない。
上にも入り口があるらしいけど、そこまで行くだけでも大変だし、何よりそこはドラゴンの出入り口でもあるので危険らしい。
中もかなり歩きづらく、ところどころ出っ張った岩に躓きそうになる。
そんなところにモンスターがたくさん現れるんだから、高難易度といわれてる理由にも納得だ。
俺は【ダメージ調整】を『無傷』に設定している。やはり基本はそうすべきだろう。
今はドラゴンの魔石を手に入れて全員が無事に帰ることが最優先。俺だって時と場合くらいはわきまえてるつもりだ。それにカリンカさん達に心配をかけたくない。
(でもこれが終わったらエミルとパーティーを組んで回復しまくってもらおうっと!)
先頭にカリンカさんとミントさん。一番後ろにはサラさんがいて、俺とエミルはちょうど真ん中で守ってもらいながら奥へと進む。
途中ではゲームに出てくるような異形のモンスターが次々と襲ってきた。だけどカリンカさん達は俺達を守りながらも鮮やかな連携で難なく倒していく。すごい、さすがAランクパーティー。
そしていよいよドラゴンのもとへたどり着いた。二本足で立ち、大きな両翼がある。その体は濃い黒色をしており、大きさは10メートルを超えているだろう。モンスターをハンティングするゲームに出てきてもおかしくないような見た目をしている。
「二人は隠れてて!」
カリンカさんに促されて俺とエミルは大きな岩影に隠れた。万が一に備えて俺は、かばうようにエミルの前に出て戦いを見守る。
さらに万が一の時には、俺が誰かの代わりに攻撃を受けられるよう、いつでも飛び出せる準備をしておこう。
まず前衛のカリンカさんがドラゴンに近づいて注意を引いている。そして遠くからサラさんが無数の矢を放つ。
矢をよく見ると、まるでビームのような見た目をしている。多分だけど魔法の矢じゃないだろうか。そういえばサラさんは一本も矢を持っていないことを思い出した。Aランクになるとあんなこともできるのか。
ミントさんは何やら杖をカリンカさんに向けている。身体強化魔法をかけているのだろうか。だってカリンカさんの動きはもはや人間のそれではないような気がする。
そして見守ること数十分。カリンカさん達の攻撃によって、ついにドラゴンが大きな音とともにその場に倒れた。まあドラゴンはたまに外に出て人を襲うらしいから仕方ないよね。
ドラゴンが消えたその場所には、30センチくらいの黒光りした六角形の魔石が落ちている。
「ふぅ……」
俺達を含む全員がカリンカさんのもとに集まると、大きな戦いが終わり安心したのか、カリンカさんがそっと息を漏らした。
「カリンカお疲れさまぁー」
「今日は一段と気合い入ってたねぇ!」
「二人ともお疲れ様。支援ありがとう」
三人の美女がそれぞれを労う。あぁ、こういうのを眺めるのも癒されるなぁ。
「あれぇ? カリンカ、太もものところケガしてるじゃない」
ミントさんの言葉によって俺を含む全員がカリンカさんの太ももに注目したようだ。確かに太もものところだけザックリと引き裂かれたようになっており、白い肌がパックリと傷ついていて血が出ている。
「ああこれか。運悪く鎧で守られていない箇所にドラゴンの爪が当たってしまったようだ。でもこのくらいなら問題ないよ」
「ダメだよー? 女の子なんだからもっと見た目に気を配らないとー。治すからじっとしててね」
(こ、これは……! ミントさんが回復魔法をかけるためにカリンカさんの太ももをずっと触るってことなのか?)
俺の場合はエミルが俺の右手を握っていてくれた。そして俺はあまりの気持ちよさに昇天してしまうところだったんだ。
思わぬ百合要素に俺は少しだけワクワクする。そしてミントさんが両手をカリンカさんの太ももの近くにかざした。
「リザレクション……」
どうやらそれは復活という名の上級回復魔法らしく、ミントさんの両手からはぼんやりと薄い緑色の光が出ている。
そしてそれはカリンカさんの太ももでも同じようなことが起こり、あれだけ深そうだった傷が瞬く間に出血とともに消えた。カリンカさんの表情も普通だ。
「ふぅ、ありがとうミント」
「どういたしましてー」
(え、終わり? 超あっさり。百合は? 俺はエミルにがっつり触られたけどなんで?)