第6話 やっぱりハーレムになった
ゴブリンが木の棒を振り上げたまま向かって来ている。俺は【ダメージ調整】のスキルに慣れるため、あえてそれを腕でガードするつもりだ。
おおまかなイメージとしては、『無傷』・『軽傷』・『重傷』を頭の中のスイッチ一つで自由に切り替えられるような感じ。
そして俺は昨夜寝る前に、少しだけ練習をしてみた。戦闘中にぶっつけ本番で試すのは、いくらなんでも危険すぎる。
俺が頭の中で『無傷』をイメージすると、フッと不思議な感覚に包まれた。
まるで質のいい睡眠後みたいに頭がスッキリ冴えわたるかのようだ。
なんというか、こればかりは説明が難しい。だけど俺の中では確かに何かが変わったという感覚がある。きっとそれが【ダメージ調整】の切り替えの合図なのだろう。
異世界アニメでたまに出てくる身体強化魔法だって、きっと本人にしか分からない感覚があるんだと思う。
それから恐る恐る剣先を少しだけ指でなぞってみた。普通ならカッターのごとく指先が切れて血が出てもおかしくないけど、まるでオモチャの剣かと思うほどに、何度試しても俺の指は全く傷ついていなかった。
次に『軽傷』で試してみると、今度は指先が切れて血が出てきた。本来はこうなるであろう普通の切り傷ができていた。
スキルを解除しても『軽傷』と同じ結果だった。
それから『重傷』だけど、それはさすがに試す勇気は無かった。ちょっと指先を切っただけなのに腕から血がダラーッとかになったら嫌すぎる。マジでいつ使うんだ?
そして俺は今『無傷』の状態にしている。果たして他者からの攻撃にどのくらい効果があるのか。
ゴンという音と共にゴブリンの振り下ろした棒が俺の左腕に当たった。でも痛みは全く感じない。その後もゴブリンは何度も棒を振り下ろしてきたけど、結果は同じだった。
ならばスキルを解除した状態でも試さねばなるまいということで、今度はスキルを解除してゴブリンの攻撃を腕で受け止めてみた。
「痛って!」
しっかり痛かった。最弱でもモンスターということか……。
俺は再び『無傷』に切り替えた。するとどうだろう、再び痛みを感じなくなった。実は痛覚が無くなっただけというオチに備えて、ここを出たら念のため体に異常が無いか調べてみるか。
ならば次は『軽傷』で試してみた。
「痛って!」
スキルを解除した時と同じじゃないか。これはゴブリンの攻撃がもともと軽傷にしかならないということだろう。
その後も攻撃を受け続け、ゴブリンは疲れたのか息があがっている。
俺はここぞとばかりに適当に剣を振り回すと、疲れた様子のゴブリンは抵抗すらできずにその場に倒れた。
そしてその体が光りだし、やがて消滅した。その場には3センチくらいの赤い宝石のような石が残されている。
カスミさんから聞いた話だと、それは魔石というもので、モンスターごとに色や形、大きさが違うらしい。
なのでそれを鑑定すれば、どのモンスターの魔石なのか分かるとのこと。それが討伐の証拠となる。魔石鑑定を仕事にしてる人もいるらしい。
(討伐の証拠が耳とかじゃなくて本当によかったぜ……)
モンスターに攻撃するのは覚悟の上だったから仕方ないと思えるけど、さすがに部位のはぎ取りは嫌だからな……。それに腰ミノは汚くて触りたくないし、木の棒はかさばるし。
その後は夕方近くまでゴブリンや他のFランクモンスターを相手に、スキルのテストと戦闘訓練を行った。その間に俺は【ダメージ調整】のいろんな使いかたを試してみた。
例えば打撃なのに切り傷になるとか、腕に攻撃を受けたのに足をケガするとか。そんな変なことだって多分できるはず。……というか、できました。もはやダメージは俺の思いのままということに。ダメージマスターの称号を自分に授けよう。
(なんだこの変なスキルは……!)
そう思ったけど、いつも『無傷』に設定していれば無敵になれる。やっぱりこれはチートスキルだ。……あ、実際に受けた傷は下級ポーションで治りました。
そして馬車の定期便に乗ってガリアーノの街に帰った俺は、指定量の魔石をギルドに持って行き報酬を受け取った。
もっともその報酬は病院での腕の検査費用として、あっという間に消えたけど。
結果は異常無しだったので、とりあえずはダメージをゼロにできると考えてもいいだろう。
普段は『無傷』に設定しておけば、俺は無敵になれる。そしてタンクとして生きていけば、Sランクまで上がれるかもしれない。でもそれだとある意味普通なんだよなぁ。
そして翌日になり、今日は龍の巣に向かう当日。時刻は朝8時。俺が宿の食堂に行くと、すでにエミルが席に座っているのが見えた。
テーブルの上に何も置かれていないことを考えると、ちょうどエミルも今から朝食なのだろう。
「おはようエミル。今から朝食?」
「おはようございます。ちょうど私も今から朝食なんです。ご一緒しましょう」
俺とエミルはそれぞれ注文を済ませると、今日の目的について確認した。
「俺達はエミルの妹さんの病気を治すエリクサーを作るために、これから龍の巣と呼ばれるダンジョンに行って、材料のひとつであるドラゴンの魔石をゲットすることが目的だ。そしてその護衛をカリンカさん率いるAランクパーティーに依頼した」
「はい、間違いないです」
「俺とエミルは冒険者になったばかりだから、一番下のFランクだ。だから戦闘はカリンカさん達に任せよう。戦闘には決して参加しない」
「そうですね、私もそれがいいと思います」
「それと一つ気になっていたんだけど、『ドラゴンの魔石を取って来て』じゃなくて『護衛』って依頼にしたのには何か理由があったりする?」
護衛というのは依頼主がその場所に行かなければならない時とかに頼むようなことだ。
例えば誰かに会うためだったり、その場所でしかできないことをするためだったり。
だからわざわざ危険な場所に行かなくてもいいと思うんだけど。
「えっ? だって冒険者さんだけを危険な目に遭わせて私はただ待つだけだなんて、失礼じゃないですか? お願いしている以上は私も一緒に行くべきだと思うんです。それにヒールなら使えますから、少しはお役に立てるかなって」
こんないい子なかなかいないよなぁ……。なのにこんな子が詐欺にあってしまうという現実。なんとも世知辛い。
俺はそんなエミルの意思を尊重することにした。いざという時は俺が盾になればいいんだ。
などと話していると注文の品がきた。元の世界風に言えば、パンとハムエッグとサラダという何とも朝食らしいメニューだ。
エミルもサラダメインのメニューを笑顔で食べており、銀髪美少女のあまりの美しさについ見とれてしまっていた。やっぱりエミルは心まで癒してくれるのか……!
約束の時間が近づいてきたので、二人でギルドへと向かった。中に入るとすでにカリンカさんがエントランスのテーブルで待っていてくれたので、俺とエミルが遅れたことを謝ると、わざわざ立ち上がってくれて口を開いた。
「大丈夫さ、まだ8時50分だ。約束の時間は9時だから遅刻ではないよ」
そう言って微笑んでくれたカリンカさん。そして大事なことが一つ。カリンカさんの近くには他に二人の女性が立っている。
一人は赤髪ショートカットの美人で、ライトアーマーに弓という装備。アーチャーかな? そのわりに矢が見当たらないけど。
もう一人は青髪が腰の辺りまで伸びている美人で、白いローブに杖という装備。エミルと似たような服装だけど、スカートには大胆なスリットが入っている。どうやら魔法使いっぽいな。
それからカリンカさんが他の二人を紹介してくれた。
「紹介しよう、アーチャーのサラと、ヒーラーのミントだ」
(ヒーラー、だと……?)