第5話 チートも使えなければ意味が無い
「この依頼を受けます」
俺はギルド内の掲示板から一枚の紙をはがすと、いくつかある受付窓口のうちの一つに行き、カウンター越しに受付の綺麗なお姉さんに渡した。
改めて見るとお姉さんはセミロングの黒髪に黒い瞳で、まるで日本人のようだ。二十代前半くらいだろうか。
(えーと、お姉さんの名前は……?)
俺はお姉さんの胸元に目を向けた。めちゃくちゃ大きいな……。いや違う違う! 俺はお姉さんの胸元にある名札を見たかったんだ。
「あら、あなたは昨日登録したばかりよね」
「覚えててくれたんですか! 俺はリクトっていいます」
どうやら俺の視線には気付いていない様子でホッとした。受付のお姉さん達の間で変なあだ名で呼ばれるようになったら困るし。「ほらほら、胸ガン見君がまた来てるよ」とか。そんなことになったら俺、泣いてしまう。
「リクトさんね。私はカスミっていいます。よろしくね」
カスミさんはそう言って優しく微笑んでくれた。
「依頼を受けるのよね。えっと、Fランクダンジョンでのモンスター討伐ね。冒険者カードは持っているかしら?」
俺は冒険者登録した時にもらったカードを渡した。冒険者カードが身分証になるそうで、名前と冒険者ランク、それに顔写真のようなものが載っている。
写真といっても元の世界とは原理が違うらしいけど、今の俺にはよく分からない。世界が違えば原理や技術も違うということなのだろう。
「はい、確かに受理しました」
カスミさんはそう言って、別の書類に何か記入してから依頼書にスタンプを押し、依頼書を俺に返した。
「依頼達成できたらその証拠と依頼書を一緒に提出してくださいね」
「分かりました」
そしてカスミさんから「頑張ってくださいね」とエールをもらい、俺はギルドの外に出た。
龍の巣と呼ばれるダンジョンに出発するのは明日。なので今日は俺の冒険者としての初任務である、Fランクダンジョンでのモンスター討伐をしようと思う。
これはスキル【ダメージ調整】をマスターするための受注。いわば練習だ。
練習とはいえ戦いになる以上は危険に決まっているから、決してナメてかかってはいけない。
俺は女神様から冒険者スターターセットをもらっている。防具はライトアーマーといわれるもので、厚手の服の上に胸当てや肩当て、それに手首からひじ辺りまで、ひざから下など、部分的に鉄製の鎧で覆われている。
頭につける防具は無し。頭って大事だよな……? いろんな異世界アニメでも冒険者のほとんどが兜をつけてないような気がしていたけど、あれってアニメのビジュアル的に地味になるとかそういう理由じゃないの?
まあ俺に限っては防具なんて意味をなさなくなるはずだから、それはいいか。同じ理由で盾は持たないようにした。その代わり片手が自由に使えることと、その分ほどが身軽になる。
武器は片手剣を選んだ。その理由は、適当に振り回すだけでもなんとかなりそうだから。
だって弓とか槍とか使いこなせる気がしない。
あとはアイテムを入れるバッグ。その中に飲料水や携行食、それに下級ポーションなどの薬が少し。
最後に財布。といっても巾着のような袋の中に硬貨を入れてるだけのもの。異世界アニメでよく見るやつそのものだ。正直言ってめちゃくちゃ使いづらい。
(クソ女神じゃなくて本当によかったぜ……。よし、行くか!)
Fランクダンジョンまでは、ここガリアーノの街から乗合馬車が出ているらしい。
どうやら需要が多いダンジョンらしく、ましてやFランクだと移動用のスキルや道具なんて便利なものは使えない冒険者が多い。
なのでギルドがダンジョンまでの定期便を無料で出しているそうだ。
(まさか本当に移動手段が馬車とはなぁ……)
通学は自転車だったので、逆に新鮮だ。自転車と比べると速くはないだろうけど、寝てる間に到着するんだから楽ではあるな。
馬車乗り場はギルドから近いところにあり、俺が行くとすでに四人が並んでいた。
若い男女二人ずつで、男二人はそれぞれ片手剣と斧を持っており、女の子二人はそれぞれ杖と弓を持っている。
俺が着いてからあまり待たずに馬車が到着した。屋根があるしボロいってほどじゃないけど、高級感というものはない。まぁ無料だしいいか。
それに俺にとっては初馬車で少しテンションが上がっている。
中は十人乗れるかどうかという広さ。板張りの床になっており、その他には何も見当たらない。好きなところに好きな姿勢でいればいいってことか。
先に並んでいた四人がそれぞれ近くに座ったので、同じパーティーなのだろう。
この便に乗ったのは俺を含め五人なので、俺だけソロということに。ぼっち? 違うよ、俺は望んでソロで挑むのだ。
カスミさんに止められなかったってことは、ギルドとしてもソロで挑むことを禁止していないということ。
馬車に揺られながらも、近くの冒険者パーティーの会話が耳に入ってくる。
「今日は昨日よりも奥に進むぞ」
「そうだな、新しい剣の威力も試したいしな」
「私達も強くなったよね! もうゴブリンなんてへっちゃらなんだから!」
「だからって無茶したらダメよ。回復魔法を使うのは私なんだから」
「むうぅ、分かってるよぉー。二人とも頼りにしてるからね!」
「おう、任せとけ! 俺達が守ってやるよ!」
(皆さん仲がよろしいことで……!)
俺はそんなことを思いつつも、いつ話しかけられてもいいように心構えをしていた。
ところが到着するまでそんなことはなく、ただひたすらノロケのような会話を聞かされた。
ま、まぁ俺は一人でも平気だし? そのほうが楽だし? 話しかけるなオーラが出てたってことだよな。ちょうど良かったじゃないか……! ただそんなオーラを出したつもりはないんだがな!
(はぁ、彼女がほしい……)
でもそんな会話からでも俺にとっては有益な情報もあった。出現するモンスターやその特徴、ダンジョン内の構造など。もちろんノロケの部分は記憶から抹消した。
到着したダンジョンは大岩をくり抜いたようになっており、入り口は縦横3メートルほど。
入り口には騎士のような格好をした二人が立っている。カスミさんの話によると、国から派遣された見張りだそうだ。ここは世界有数の大国らしい。
俺が冒険者カードを見せると、中に入っていいと許可が出た。
意外なことにダンジョン内は壁や天井こそ洞窟のようではあるものの、床は石畳のようになっており歩きやすい。
そして等間隔でランプのようなものが壁に取り付けられており、奥のほうまでぼんやりと明るくなっている。
ダンジョンの謎を解き明かすのが冒険者の役目の一つなので、調査がある程度できているダンジョンは、こうやって開発が進んでいることもあるらしい。
途中で他の冒険者達とすれ違ったけど、意外とソロで挑んでる人も何人か見かけた。
そしてギルドで配布された地図を頼りに少し奥へと進んだ。地図にはモンスターと遭遇した報告が多い地点に印がつけられている。
俺はあえてその印がある広い行き止まりへと向かった。俺の目的は【ダメージ調整】を使いこなせるようにすることだから、誰もいない状況のほうが集中できる。
それに馬車で聞こえた話では、ゴブリンはギルドが最弱認定しているモンスターで、今までにケガ人はいても、このダンジョンで誰かが命を落としたという報告は一度も無いそうだ。
そして目的の場所にたどり着いた。その広さは学校の体育館ほど。だけど壁や天井は不規則にゴツゴツした岩だ。
その奥の方に緑色の何かが見える。どうやらあれがゴブリンのようだな。見たところ一匹だけだ。
俺は普通に歩いて接近した。するとゴブリンも俺に気がついたらしく、こっちに向かって来た。
身長は1メートルもないくらいで、右手に木の棒のような物を持ち、腰ミノをつけている。アニメでよく見る姿そのもの。
「ギシャァァ!」
するとゴブリンは問答無用で木の棒を振り上げたまま走って来た。でもそれをかわせば、ここに来た意味が無くなってしまう。
なのでここはあえて腕でガードするため、腕にある鎧の部分だけを外した。
これも馬車の中で聞こえた話だけど、ゴブリンにはあまり力が無いらしく木の棒が直撃しても、痛みはあれどケガというほどのものじゃないらしい。どこかに体をぶつけるようなものか?
女神様いわく【ダメージ調整】は、頭の中でダメージ量をイメージして切り替えることによって、傷の程度を決めることができるらしい。
おおまかなイメージとしては、『無傷』・『軽傷』・『重傷』をスイッチ一つで自由に切り替えられるような感じ。さらにそこから『切り傷』や『すり傷』など傷の種類や部位を選ぶみたいな。
いやいや、『重傷』て……。『無傷』以外を選ぶ奴っているの? そんなもん選ぶの俺しかいないだろ。よく考えてみれば変なスキルだな……。
(早く終わらせて明日に備えよう)
俺は明日が楽しみでもあった。なぜならカリンカさんのパーティーは女性だけらしいから。