第34話 間に合いませんでした
王都で一泊した翌日。全員が宿の食堂でテーブルを囲み朝食をとっていると、カリンカさんの口から聖女様に謁見するという話が出た。
「聖女様って、この間の合同探索の時に来てた人のことですよね?」
「ああ、そうだよ」
「すっごく美人でしたねっ!」
嬉しそうにそう言ったのはエミルだ。
「そうね、私もそう思った。同じ女性として憧れるわよね」
どうやらミヤも同意らしい。
「確かあの時は参加する冒険者全員に結界魔法をかけるために来てくれたんでしたよね?」
「そうだね。そのおかげで全員が長い時間モンスターと出会うことなく、安全に進むことができたんだよ」
「そしてその結界魔法がエミルにも使えた。というわけですね」
「結界魔法は聖女様にしか使うことができない魔法だからね」
確かにエミルは聖女っぽいなと思う。煌びやかな銀髪ロングで純白のローブを身にまとい、どこか控えめで穏やかな優しい美少女だ。まあ最近は距離感がバグってることがあるけど。
「私が聖女だなんて、信じられません……」
「それを確かめるためにも聖女様にお会いするんだよ。さあ行こうか」
パーティーの中で城に入ったことがあるのはカリンカさんだけ。というわけでカリンカさんが頼りだ。
「あの、俺、作法とか全然分かりませんよ? 何か失礼をやらかすかも」
「大丈夫だよ。聖女様に謁見する場合はそこまで堅苦しくする必要はないからね」
そして馬車の定期便に乗って城の近くへとやって来た。
ここは綺麗な石畳の広場で、真ん中には噴水があり、いくつもの露店が並び、今までに見たこともないほど多くの人で賑わっている。
そこから遥か遠くまで続く道があり、その先に城があるのだという。というか見えている。
なんというかまさに、城! って感じだ。レンガ調の建物には青い屋根があり、その形は尖っていたり、丸みを帯びていたり、綺麗な三角形だったりと様々。
それらがまるで建物の集合体のようになっており、こうして遠くから眺めていると、その巨大さもあって中に入ってみたくなってくる。
城まで伸びるこの道では、俺達以外にも多くの人々が行き交っている。どうやら聖女様に謁見することは、手順さえしっかりと守ればそれほど難しいことじゃないらしい。
長い道を歩くこと約10分。ようやく城の門にたどり着いた。当然ながら門番がいるため、ここはカリンカさんにお任せする。
すると中に入るよう言われたので、城の中のまるで教会のような場所で待つ。
いくつかある長い椅子には数十人ほどが座り、騎士に呼ばれた人が順番に豪華な装飾の扉の向こう側へと入って行く。その部屋に聖女様がいるとのこと。
そして待つこと約1時間。ようやく俺達が呼ばれ、部屋の中に入った。
そこには合同探索の時にいた女性が立っており、後ろには大きなステンドグラスが見える。その傍らには騎士が二人。
聖女様は綺麗な刺繍が入ったフード付き純白のローブを身にまとい、その顔は神秘的なまでに美しい。
おそらく20代だろうけど、ずっとこの世界を見守ってきた女神様だって言われても信じてしまいそうなほど。
聖女様の前に来た俺達は、カリンカさんに教えてもらった動作と同じように振る舞い、最低限の礼儀を守ることができた。
人々が聖女様のもとへ訪れる目的は、懺悔であったり、ちょっとした悩み相談であったり、日頃の感謝を伝えに来たりと様々だという。
(聖女様、なんだかめちゃくちゃ疲れそうなことをするんだな)
よく知らん人達の話をずーっと聞き続けるって、何かの修行かな?
聖女様は俺達がいる地点から階段二段分ほど高い位置に立っており、両側には護衛であろう騎士が一人ずつ。
なので俺達は少し低い位置で聖女様と対面している。自己紹介を済ませ、あとはカリンカさん任せだ。俺はどうかって? もちろん無理!
「ようこそお越しくださいました。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「実はここにいるエミルが先日、結界魔法を使ったようなのです」
「結界魔法を……ですか?」
「はい。結界魔法は聖女になれる力を秘めた者にしか使えないというのは、人々の周知の事実。ですので聖女様のご意見をたまわりたく、ここに参りました」
「そうなのですね。それではエミルさん、こちらへお越しくださいますか?」
「は、はいっ……!」
聖女様に名指しされたエミルが緊張した様子で階段を上り、聖女様の前で立ち止まった。
そして俺達にも見えるように居場所を変えたので、左に聖女様、右にエミルの姿がしっかりと見える。……二人の距離近いな。
「ずいぶんと可愛いのですね。それではエミルさん、私にヒールをかけてみていただけますか?」
「ヒールを……ですか?」
聖女様! それはあまりにも危険です! いくら聖女様でもエミルヒールに耐えられるとは限りませんよ!
俺は声を大にして、そう言いたかった。だけどこの雰囲気でそれが言えるほど俺は猛者じゃない。それにしてもヒールに耐えるってなんだろう?
「あ、あのっ、私っ……! ヒールはどこかケガをしていないと効果が出ないと思うんです」
「確かにそうですね。ですが心配ありません。たとえヒールの効果は出なくとも、魔力の流れや量でエミルさんの素質が分かります」
「わ、わかりましたっ! ……でも、どこをケガしたことにすればいいのでしょうか?」
「そうですね……、顔にしましょう。顔はあまり守ることができない部分ですからね」
よりによって顔! 聖女様、なかなかのチャレンジャーだ。
「わかりました、顔ですね。それでは失礼します」
(あっ! ヤバい!)
俺は直感でそう思った。顔ってことは、エミルは聖女様の顔をつかむ気だ。なんたる不敬。ヘタすれば逮捕案件じゃないか?
「ヒール……」
だが俺は間に合わなかった。エミルが一歩前に踏み出し、その両手で聖女様の両頬にそっと触れ、軽く顔をつかむ感じに。それから淡い緑色の光が聖女様の両頬を包み込む。きっと今、聖女様は天にも昇る心地のはず。
ところが聖女様の表情は凛としており、力強い意思すら感じる。俺やミヤの時とは大違い。
(さすが聖女様だ……!)
そして緑色の光が消えて、エミルが聖女様からそっと離れた。
「あの……、私のヒール、どうだったでしょうか?」
「そうですね、確かにエミルさんにはヒーラーとしての素質だけではなく、他の人には無い何かを感じます。ですが今すぐに結論は出せません。また明日お越しくださいますか?」
「わかりました!」
そう言ってエミルは再び俺達の横へ並んだ。すると聖女様からの問いかけがきた。
「エミルさんはいつもパーティーメンバーの方々にヒールをかけているのでしょうか?」
その質問に代表して答えるのはカリンカさんだ。
「はい。私達はいつもエミルによるヒールに助けられております。こちらにいるリクトとミヤもそうです」
「そうなのですね。全員がエミルさんのヒールで回復をしているのですね」
こうして聖女様との謁見は終了。だけど明日もまた来なければ。
それから今日は休みということにして、パーティー全員で王都観光をしたのだった。
【リクト達が部屋を出た直後(三人称一元・聖女)】
リクト達が部屋から出た後、聖女は護衛の騎士二人に退室するよう言った。
それに素直に従った騎士が退室し、広い部屋には聖女だけが残る。
それから聖女は少しおぼつかない足取りで、いつも使っている背もたれ付きの椅子へ腰掛けた。豪華ではないが質素でもない、ごく普通の椅子。
そして聖女は座ったまま天を仰ぎ、さっきの出来事を思い出した。
(あ、危なかったぁーっ……! なんなのあの子!? あれはヒールなの!? それにいきなり顔をつかむだなんて、あんなにもドキドキするものなのね……? キスされるのかと思っちゃった! 危うく私の初めてが女の子になるところだったよ……! 少しでも気を抜いていたら私、どうなっていたの……!? あぁっ、私は聖女なのよ……! 私がしっかりしなきゃ、みんなが不安になっちゃう!)
実は聖女は全然平気ではなかった。エミルからヒールをかけてもらっている時、飛びそうになる意識をなんとか保とうと必死だった。
ここで自分がおかしな反応をすれば、きっと周りにいる人達を不安にさせてしまう。
聖女とは国の象徴の一つであり、その名の通り聖なる存在とされている者。
だから自分はそうあり続けなければならない。決して人々を不安にさせるようなことをするわけにはいかないのだ。
そして聖女は自ら喜んで人々のために働き、心から人々の安全を願っている。
(エミルさん以外の三人、大丈夫かしら? いつもヒールに助けられているって言っていたけれど……。もしかするとパーティー全員、とんでもなく大物なの? 明日、どう説明しよう……?)
こうして聖女の忘れられない記憶ができたのだった。




