第2話 それはまるで美少女に触れられているかのように
俺が冒険者ギルドに登録するため街に向かっていると、男の怒鳴り声が聞こえてきた。
格好から察するにおそらく冒険者パーティーだろう。男二人に女の子二人。でもその中の白いローブを纏った女の子だけが責められているようで、まるで三人がかりでいじめてるみたいだ。
「エミル! 今この瞬間をもってお前をパーティーから除名する!」
白いローブの女の子が、青い鎧を身に付けた金髪の若い男から、そんな言葉をぶつけられていた。それにしても『除名』か。ものは言いようというか、事実上の『追放』だろうに。
「あの、理由を教えてください……」
そんな状況にも関わらず、女の子は申し訳なさそうに理由を聞いている。何があったのかは知らない。でも無条件で女の子に味方したくなるほどに、一方的に見える。
「そんなこと聞かなくても分かるだろう? お前のジョブは何だ?」
「ヒーラー、です……」
「そうだな、ヒーラーだ。で、ヒーラーの役割とは何だ?」
「回復すること、です……」
「そうだな、回復だ。で、お前が使える回復魔法は何だ?」
「ヒール、です……」
うっわぁー、嫌な聞き方するなー。分かりきったことを質問して本人に答えさせて、自信を削ぎ落としていく。あの男は性格悪そうだ。
「ヒールなんて初級魔法じゃねえか! 俺達のパーティーはAランクだぞ! 普通はな、戦いの中でより強力な魔法が使えるようになるものなんだ! いつまでも初級魔法しか使えない奴の面倒なんてこれ以上見てられるか!」
「そ、そんな! 約束が違います……! それに最初に私はヒールしか使えませんってご説明しました……っ!」
「金なら返さねえからな!」
金? あの女の子がお金を払ってAランクパーティーに入れてもらってたってことか? それも気になるけど、それ以外に聞き捨てならないことがある。
(あの子ヒーラーだって!?)
なんという異世界ビギナーズラック。いきなり夢へと大前進するチャンスだ。しかも煌びやかな銀髪ロングに透き通るような白い肌の超美少女じゃないか。
「分かったら早く失せろ!」
「ほんのひとときでもAランクパーティーに入れて幸せだっただろう?」
「じゃあねー、可愛いだけの世間知らずちゃん」
三人それぞれが美少女に言い放つと、美少女はビクッとなって動けなくなったようだ。
そして三人は今にも立ち去ろうとしている。ここはただの草原で、周りに他の人はいない。
(よし、行くか)
別に俺は正義感あふれる男じゃない。転生したきっかけだって、気まぐれといえばそうだろう。事情も知らない。もしかしたら金髪青鎧のほうが正しいのかもしれない。
でも目の前で可愛いヒーラーが困っているのなら、喜んで駆けつけようじゃないか!
俺は女の子と金髪青鎧の間に割って入り、最大限に謙虚に聞いてみた。
「あのー、すみません。事情は分かりませんけど、この子困ってるみたいですよ?」
「あぁん? なんだお前は?」
「ただの通りすがりです。偶然聞こえてきたんですけど、この子からお金を奪ったのですか?」
「奪っただなんて人聞きの悪いこと言うんじゃねえ! 護衛報酬をもらっただけだ」
正当な報酬ってことか? 割って入るのは早とちりだったか……?
「私が護衛をお願いしたのはドラゴンの魔石を手に入れるまでです……。まだそれがあるダンジョンにすら到着していないのに……!」
美少女は涙をこらえようとして、それ以上言葉を続けられないようだ。俺にはこの女の子が嘘をついてるようには見えない。
「あそこの街を抜けたらすぐ目的地だからちゃんと近づいてるじゃねえか。安全にここまで来れただろ? 依頼達成だ!」
「俺にはそうは思えませんけどね」
「うるせえガキだな!」
そう言って金髪青鎧は右手を握りしめ振りかぶった。これは殴られる!?
(でも問題ない。俺には【ダメージ調整】のスキルがあるからノーダメージにできるんだぞゴハァッ……!)
殴られた。普通に痛かった。口の中で鉄の味がする。きっと切れて血が出てるのだろう。Aランクの攻撃力やべぇよ……。
そうか、俺はまだ【ダメージ調整】を使いこなせていないんだった。それどころか使ったことすら無い。オートでダメージゼロにしてくれると思い込んでいた俺のミスだ。なんという凡ミス。
「とにかくですね、依頼を放棄するならこの子にお金を返してあげて下さい」
俺がそう言うと、金髪青鎧の顔が一瞬だけ引きつった。おそらく俺の口から血がダラーッとたれているのだろう。なんかそんな感触あるし。
「チッ! これで満足だろ!」
俺の顔にドン引きした金髪青鎧が何かを俺に向かって放り投げた。受け取ってみると、一枚の銅貨が俺の手の中に収まっている。女神様に教えてもらった情報によると、100円くらいらしい。
「金は返したからな!」
まるで捨て台詞のようなことを言い放ち、三人はどこかへ行ってしまった。この場に残されたのは俺とヒーラーの美少女だけ。
(銅貨一枚って、絶対全部じゃないだろ)
「あの、ありがとうございました。それであなたは一体……? それよりもっ! ケガ大丈夫ですか!? 今すぐ治療しますね!」
美少女に促され俺はその場に座った。そして美少女が俺の隣に来て跪くと、両手で優しく俺の右手を握り何やら集中し始めた。それはまるで祈りを捧げているかのようだ。
(女の子の手ってこんなに柔らかいの……?)
俺が今まで触ったことがある柔らかな手といえば、猫の肉球くらいのもんだ。ぷにぷにしてるとなんだかすごく癒されるんだよなぁ。ある意味それも回復魔法といえる。そうか、猫はヒーラーだったのか。
「ヒール……」
美少女が静かにそう呟くと、美少女の手からとても温かな感覚が伝わってきた。これはそう……例えるならマッサージ。
俺の右手のひらを美少女が両手でぷにぷに揉みほぐしているような感覚。そしてそれは少しずつ肩の方に向けて上がっていく。
それはもうゆっくり、ゆっくりと。もちろん前腕でも力こぶの辺りでも同じ感覚がする。気持ちよさがスーッと移動してくるかのようだ。
それに不思議な安心感がある。手を包み込まれているからなのだろうか。この瞬間だけは何も考えず、ただ身を任せていたい。
美少女は目を閉じたまま俺の手を握り続けている。きっと俺のためだけに回復を祈ってくれているのだろう。俺のためだけに……!
そしてまるで俺のくちびるに指でそっと触れたかのように、ほんのりと温もりを感じた。
それから傷を優しくなでられているような感覚になる。もちろんこの間も、この子の両手が実際に俺の右手を包み込んでくれている。
すると口の中の痛みが嘘だったかのようにスッと消え、出血が止まっていた。
「——ですか?」
「えっ?」
「あの、大丈夫ですか? さっきからボーっとしていますけど、もしかして私のヒールがお体に合いませんでしたでしょうか……?」
ボーっとしていた……? もしかしてあまりの気持ち良さに昇天してたのか、俺?
ま、まぁとにかく回復魔法がどんなものかというのは分かった。とりあえず今言えることは一つ。
(ヤバい、想像してたより何倍もいい……)