第11話 いったいどんな感情になればそんな声が出るのだろう
「二人はいったい何をやっているのだろうか?」
カリンカさんが俺とエミルを見て、そんな疑問を投げかけてきた。何って、回復魔法をかけてもらっていただけなんだけど、信じてもらえるのか、これ?
「そ、そうか……二人はそういう関係だったんだね。これは気が利かなくてすまなかった。そういえばギルドでも二人で護衛を待っていたよね。でも、ほら……、できればそういうことは人前でしないほうがいいと思うよ」
俺は何も言っていないのに、結論だけがひとり歩きしている。
「あ、そうか……、私、二人の邪魔をしているね。私は先に行っているから、満足したら追い付いてもらえればいいから」
いやいや、Bランクモンスターが出る場所にFランク二人だけを残して行くなんて、本気ですかこのお姉さんは。
「実はさっきのリザードマンとの戦いでケガをしてしまって、エミルに回復してもらってたところだったんです」
「本当に? だってどう見ても、その、抱き合っているようにしか見えなかったのだけど」
「いえ、あれはエミルのヒールです」
俺はもちろん本当のことを言った。
「えっ? ヒール? いや、でも……?」
カリンカさんは戸惑っている。周りからすれば、ワケ分からんことを言ってるのは俺のほうに見えることだろう。
「それよりも、カリンカさんだってケガしてるじゃないですか」
カリンカさんの右横腹には、横に伸びている傷ができており、ジワリと血が流れている。白銀の鎧の上半身と下半身のちょうど継ぎ目にある、わずかな隙間を服もろとも切り裂かれていた。鎧の意味とは……?
それこそもう動く度にガチャガチャ音がするような、完全に誰だか分からなくなるくらいの分厚い鎧を身につけないといけないのか?
「ああ、この傷のことかな? キングリザードはあれでなかなか知能があってね。普通のリザードマンとは違って、ちゃんと弱点を狙ってくるんだ。だから私の装甲の薄いところを狙っていたんだろうね」
「跡が残ったら大変じゃないですか。エミルに治してもらったらどうでしょう?」
百聞は一見にしかず。これはぜひともカリンカさんにエミルのヒール、略してエミルヒールを体験してほしい。
「それならこのポーションで治るから大丈夫さ」
カリンカさんはそう言って、自分のアイテムバッグから小瓶を取り出した。ちょうど手のひらに収まるサイズで、中には緑色の液体が入っている。
ポーションは飲み薬で、傷ができた部分の自然治癒力を促進させるという作用によって、傷の治りを早めるそうだ。
それは下級・中級・上級とあり、もちろんグレードが上がるほど効力も大きくなる。お値段もそれなりに。
「あのっ! 私、カリンカさんの傷も治したいです。ドラゴンの魔石が手に入ったのはカリンカさん達のおかげですから」
「エミルもそう言ってることだし、ここはエミルに任せてみてはどうでしょうか?」
さっきのエミルのセリフは俺が言わせたわけじゃない。エミルの完全なる善意だ。
「分かった、そういうことならお言葉に甘えさせてもらおうか」
カリンカさんはそう言うと、エミルの正面に向き合うように立った。あー、多分だけどそれ向きが逆ですね。
「あの、後ろを向いてもらってもよろしいでしょうか?」
「え、後ろ? お互い向き合ったほうがやりやすいと思うのだけど」
そう言いつつも、しっかりと後ろを向くカリンカさん。なんかそういうところ好きだなぁ。
その後は俺の時と同じ。後ろからエミルがカリンカさんのお腹に両手を回し、背中に密着。
するとカリンカさんが一瞬だけビクッとした。
というか、傷が腹にあっても背中にあっても後ろから抱きつくんだな……。
「ヒール……」
エミルがそう呟くと、カリンカさんのお腹に触れているエミルの両手が、淡い緑色の光に包まれた。そしてその光はカリンカさんの傷口をも包み込む。
「あふぇぇ……」
そしてカリンカさんが蕩けた表情で「あふぇぇ……」という声を漏らし——なんだって?
「あふぇぇ……」って何だ? いったいどんな感情になればそんな声が出るのだろう?
カリンカさんの表情にその答えがあると考えた俺は、注意深く観察する。
眉は八の字のように少し下がり、心なしか目尻も下がってトロンとしている。口は少し開いており、おそらく閉じることを忘れてるっぽい。恍惚というんだっけ? とにかく気持ちが良さそうだ。
やがて緑色の光が消えると、エミルがそっとカリンカさんから離れた。
「カリンカさんの傷、無事に治りましたー!」
エミルが終了宣言したので、俺はカリンカさんに話しかけることにした。
「俺の言ったこと、本当だったでしょ? エミルのヒールって凄いですよね」
だが返事は無い。どうやら昇天しているみたいだ。
「カリンカさん大丈夫ですか? カリンカさん?」
「はっ……!?」
「あの、大丈夫ですか? さっきからボーっとしていますけど、傷ならエミルが治してくれましたよ」
「ち、違うから! エミルはすごいなと思っていただけであって……すまない、少し混乱していたようだ。問題ないよ、さあ進もうか。ありがとう」
やがてカリンカさんは何事も無かったかのようにいつもの調子を取り戻し、俺達は草原を抜けた。