表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/28

また、遠くなる

 まだ暖かい季節であるはずなのに、一気に空気が冷えこんだ気がした。

 視線に質量があれば、わたしは今ごろ串刺しになっていることだろう。

 足元から血の気が引き、冷たくしびれていくのがわかった。


屍香蘭(しこうらん)……? なぜ、そんなものが」


 ホーソーンが疑問を口にする。


 わたしは震える舌を抑えながら、努めて冷静に言った。


「わかりません。昨夜、寮の自室に戻った時に、机の上に置いてありました。すぐに寮監に報告しましたが……」

「そうなんですか、セイヴン教授?」


 ホーソーンの問いかけに、セイヴンがうなずき返す。


「は、はい。女子寮監のカーマイン教授から説明を受けました。今朝、ボクが遅刻したのも、そのことが原因で」

「そうでしたか。……しかしこれは、嫌がらせで済む問題ではなくなってしまいましたねぇ」


 すっかり固くなった雰囲気をほんの少し緩めて、ホーソーンがやれやれと肩をすくめる。

 だが、クラスの空気は一向に晴れなかった。


「自室にあった、って……誰かがロックを外して侵入したってこと?」

「ムリだろ。魔力紋認証なのに」

「おおかた自作自演じゃねぇの? だって、〈血まみれイザベル〉だぜ……」


 ひそひそ、と陰口はやまない。


 ああ、またか。

 なにか事件があると、わたしがやったと思われる。

 こうやって罪を押しつけられるんだ。わたしの両親みたいに――。


 気がつけば、すがるように胸のペンダントに触れていた。


「……っ、彼女は――!」


 やめろ、ヴァレンティアス。

 よけいなことを言うんじゃない。


「――静まりなさい」


 一瞬、誰が言ったのかわからなかった。

 それくらい別人のように思えた。


 いつもニコニコと穏やかな笑みをたたえているホーソーンが、この時ばかりは厳しい表情をしていた。


「憶測で他者を糾弾し、証拠もなく結論を出すことが、魔導士のやることですか? キミたちの中には将来、警察や法曹関係、政治の道に進む者もいるでしょう。ですが、魔導士が一般人より大きな権力を持つからこそ、その査定は厳しくなることを忘れないように」


 ようは、安易なことを言うと推薦はやらないぞ、という脅しだった。

 たちまちクラスが葬式のような沈黙に包まれる。


「寮に侵入した者がいたという情報がたしかならば、あなた方も例外なく容疑者ということです。自分の罪をごまかすために、他者に責任を押しつけている――そう取られても仕方のない発言は慎むように」


 生徒らはぎょっと息をのんだ。


「それで、セイヴン教授。検証の結果は、どうなりましたか?」

「ひぇっ、は、はいぃ……。か、カーマイン教授に、後は引き継ぐから授業に向かいなさいって言われてぇ……ボクは魔法生物学の補助があるから、お言葉に甘えちゃって、そのぅ、詳しいことはわからなくてぇ」

「そうですか。いや、けっこう。後でこのことを報告がてら、聞きにいきます」


 そう言うと、ホーソーンはようやくいつもの柔和な顔つきに戻った。

 そして、生徒たちに深々と頭を下げる。


「このたびは、わたしの不手際(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)のせいで、みなさんを危険な目にあわせてしまいました。チュパカブラの危険性を見誤った、わたしのミスです。大変申し訳ありません」


 大のおとなが謝罪する姿を見て、どう反応すればいいのか。

 生徒の間にとまどいが広がっていく。


「この授業の扱いにつきましては、職員会議で相談したのち、改めてみなさんに通達いたします。それまで、くれぐれも生徒同士で(いさか)いなど起こさないように、頼みましたよ。――では、解散」


 ホーソーンが言うやいなや、(せき)を切ったように再びざわめきが広がった。

 しかし、今度は「怖かった!」「びっくりしたね」など、当たり(さわ)りのない内容だった。


 周囲の時間が動きだす中、わたしだけは、その場に縫いとめられたように動けないでいた。


「――大丈夫か?」


 そんなわたしに、ヴァレンティアスだけは声をかけてきた。

 けれど、うまく答えられない。喉の奥が張りついているかのようだ。


 彼の瞳に映るわたしは、今どんな顔をしているだろう……?


「……わたしは……」


 ヴァレンティアスは、わかりやすく気づかっている顔をした。


「あ、あのさ……。あんなの、気にすることないって、イザベル()……」


 ――ああ、そうか。


 そうだよな。


「みんな、あんなことがあって混乱してて、それで……」

「――もう、いい」


 ぐいっと彼の胸を押しのける。

 わたしよりずっとしっかりしているはずの身体は、簡単に離れていった。


「い、イザベル嬢……?」

「もういい。ムリに気をつかっていただかなくて、けっこうだ」

「ムリにだなんて……! 俺は、その」

「これ以上、わたしに関わらないでくれ」


 くるりとわたしは(きびす)をかえした。金縛りが解けたかのようだった。


「ま、待ってくれ。違うんだ、そうじゃなくて……っ!」

「おい、もう関わるんじゃねぇ! おまえまで変な目で見られるぞ!」

「邪魔しないでくれ、ジャック。俺は、彼女に――」


 それ以上聞きたくなくて、わたしは駆けだした。

 生徒たちはわたしを見るなり、ぎょっとして道を開ける。


 まるで神話に出てきた、海を割る神のようだな。


 思って、自嘲(じちょう)する。

 これほどの嫌われ者が神のようだなど、バカげた妄想だ。


 人ごみを抜け、誰もいない廊下を歩いていると、向こうから深紫の派手なドレスを着た女性が歩いてきた。


 ――ヴァイオレット・カーマイン教授だ。

 濃いワインレッドの髪を夜会巻きにしていて、あいかわらず隙のない女性である。


「――レディ・イザベル。校長先生がお呼びです。ついていらっしゃい」


 そう笑顔でうながされる。

 彼女の美しい歩き姿についていきながら、わたしは考えていた。


 ――また、疑われるんじゃないか。


 カーマイン教授の甘い香水の匂いが、わたしを不安にさせた。


よろしければ感想やブックマーク、下記の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎で評価していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ