理性の隣で牙が鳴る
折りたたみ式の簡易テーブルに、ずらりといろいろな餌が並べられた。
肉にはヤギ、ヒツジ、ニワトリ、ウサギ、豚、牛、馬など、たくさんの種類が用意されている。
他にも、パセリ、バジル、オレガノ、ローズマリー、タイムなどといった香草。
マンドレイクや血吸い花、満月草、解毒草、それからバロメッツの実といった魔法植物まである。
「これらを組み合わせて、チュパカブラの餌を作ってください。発想は自由です。でも、もちろん、無理やり食べさせるのはダメですよぉ」
ホーソーンの言葉を皮切りに、生徒らがテーブルに殺到した。
さて、我々も向かうとするか。
「チュパカブラは生き血を吸うのに、死んだ動物の肉で大丈夫かな?」
ヴァレンティアスがもっともな疑問をもらす。
「まあ、生き餌をやるところは、最後にホーソーン教授がデモンストレーションしてくれるって話だし。生徒全員分の生き餌を準備するとなると、大変だろうからな。それに一応、時間停止の魔法がかかっているみたいだぞ?」
「ああ、だから精肉なのに血が滴ってるのか」
つい先ほどまで生きていたのではないかと思えるほど、生々しい肉片の数々。中にはまだ動いている心臓もある。
女生徒の中には、それを見て気分が悪くなっている者もいるようだ。
「俺たちは、チュパカブラと魔力の関係を確かめようって話だったよな? なら、普通の肉と香草を刷りこんだ肉、それから魔法植物を刷りこんだ肉で反応の違いを観察すればいいかな」
「そうだな。普通の羊肉とバロメッツの実、このふたつの違いも見てみたいところだ」
「ああ、たしかに」
バロメッツとは、実の中にヒツジが成る木のことだ。
ヒツジに似ているが、肉はカニの味がするという。
蹄まで覆う黄金の毛皮は、魔導士の服飾品として人気が高い。
話し合った結果、わたしたちはヤギ、ニワトリ、ウマ、それからバロメッツの肉を比べてみることにした。
ハーブはローズマリー、セージ、スペアミントをチョイス。ヒツジ料理には定番のハーブだが、香りが強いので、それがチュパカブラにどう影響するのかを見る。
魔法植物は血吸い花、解毒草、それからバロメッツを選んだ。肉や血液に近かったり、魔法を防ぐ効果があったりする。
もちろん、満腹になっては困るので、すべて少量ずつだ。
「さ、サントレアさん、できましたか……?」
監督役のセイヴン教授が、おどおど声をかけてくる。
わたしたちが餌の種類と目的を説明すると、セイヴンは考えこむ仕草をした。
「なるほど。……ご、ごめんね。キミたちを否定するわけじゃなくて、ただ純粋に疑問に思っただけというか、つまり、そのぅ」
「どうぞ、おっしゃってください」
「ヒツジとバロメッツを比べるのはさ、わかるよ。本物と魔法植物とで違いがあるかの実験でしょ。でも、ニワトリと馬はなぜ……? あ、いや、なんも考えてなくて、ただなんとなくかもしれないけど、ふひひ」
「なんとなくじゃないです」
ヴァレンティアスがきっぱりと否定する。
もちろん、ふたりできちんと話し合った結果だ。
彼の言葉を継いで、わたしも説明に加わる。
「ヒツジとニワトリは家畜の定番ですし、実際この二種にはチュパカブラの被害報告があがっています。そこで、どちらがより好まれるのか比較したいと思いました」
「馬は食肉としてはマイナーだし、体格もいいから、そこが反応の違いになるか気になって。まあ、肉片になってたら、あまり変わらないかもですけど」
「本当なら、魚でも比べたいところだったな」
「だよね。チュパカブラが魚の血を吸っただなんて聞いたことないけど」
「家畜の被害は人間の目にとまりやすいが、仮に川で魚が大量に死んでたとして、即座にチュパカブラとは結びつかないだろう」
「たしかに」
ああでもないこうでもないと言い合っていると、セイヴン教授はまぶしそうに手をかざした。
「うわー……ふたりとも、いつの間にそんな仲よくなったの? 見せつけてくれちゃってさぁ。はー、いいなぁ、青春だなぁ……。ボクの学生時代なんて、隣の席の女の子が教科書を忘れちゃったみたいだから、『一緒に見る?』って思いきって声をかけたのに、『気持ち悪いから話しかけないで』だなんて言われちゃってさ……こっちは気をつかって言ってやったのになんだよあのブス……」
ぶつぶつぶつぶつ。
青白い肌をいっそう白くして、地獄の亡者のごとき怨嗟が流れ出す。
始まったよ、セイヴン教授のぼやきタイム。これ始まると長いんだよな……。
「先生、ぼくらの餌は合格ですか? 許可がいただければ、餌やりに移りたいのですが」
ぼやきをぶった斬るように声をかけるヴァレンティアス。
ナイスだ、よく言った。
「ひえっ、すすすみません。はい、オッケーでふ」
セイヴンは飛びあがって我にかえると、チュパカブラのケージに駆け寄った。
「ぼ、ボクがチュパカブラを落ち着かせている間に、餌をあげてくださいね」
そう言ってセイヴンは、「シュー、シュー」とチュパカブラに話しかけはじめた。
チュパカブラは大きな耳をピクピクさせながら立ち上がり、真っ赤な目をぎょろりと剥いた。
わたしはなぜか、その姿に本能的な恐れを感じてしまった。
「……よし。じゃあ、俺が餌をやるから、イザベルは観察メモをとってくれないか?」
わたしが怖がっていることに気づいてか、ヴァレンティアスが切り出してくる。
……恥ずかしい。なにをやっているんだ、わたしは。
「いや、心配いらない。わたしが――」
「ほら、俺よりイザベルのほうが観察力があるだろ? だから頼むよ」
いかにも申し訳ないという表情をするヴァレンティアス。
きっと、わたしに恥をかかせないようにしてくれているのだろう。
ここまで言われては、引き下がらないわけにはいくまい。
「じゃあ、頼む」
「うん、任せて」
ヴァレンティアスが餌を持ってケージに近づく。
そして、そっと檻の扉を開けると、驚かせないよう静かな手つきで、餌を差し入れた。
くんくん、とチュパカブラが鼻を動かす。
たくさんある餌からどれを選べばいいのか迷っているのか、あっちを嗅ぎ、こっちを嗅ぎ。
ついにヴァレンティアスのローブについた臭いまで確かめている。
「あ、ほら、イザベル。これ、チュパカブラの糞じゃないか?」
ヴァレンティアスが指さす先に、赤黒い塊があった。
「やっぱ血が混じってるんだなぁ」
「ふむ。シラミは血糞をするというが、チュパカブラも吸った血の多くが糞として排泄されるのかもな」
「他にもなにか混じってるかな? どれどれ……」
と、ヴァレンティアスがのぞきこんだ――その時だった。
ヴヴ……と低い呻き声がしたかと思うと、次の瞬間、チュパカブラが牙を剥いていた。
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