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悪くない組み合わせ

「うーん、本当にぜんぜん毛がないんだなぁ」


 ヴァレンティアスは心底ふしぎそうに言う。

 なにを今さらなことを。


「寒そうじゃないか?」


 同意を求めてきた彼に「バカなことを」と言い返そうとして、はたと思いとどまった。


 いや、バカはわたしだ。チュパカブラに体毛がないことを「当たり前だ」と思うだなんて。

 生き物がその姿をしていることには、必ず意味がある。進化の過程で、それが都合がよかったから生き残ったんだ。

 だとすると……。


「毛があると、血がこびりつくからじゃないか?」

「ああ、たしかに。嫌だよな、そういうの」

「嫌というか、雑菌がわくだろう。そこから病気になるリスクもある」

「なるほど。だからチュパカブラにとっては、ハゲてたほうがいいんだ」


 ぐふ、と噛みころしきれなかった笑いがもれた。


「あれ、イザベル。笑ってる? 笑ってる?」

「わ、らって、ない」

「よかった。俺、こうやって疑問に思ったことを聞かずにいられないからさ。ふだんはあまり相手にされないんだけど、イザベルは真剣に聞いてくれるから、嬉しいよ」


 別に、おまえの言い分も一理あると思ったまでだ。

 ……というか、いつの間に『イザベル』呼びになったんだ。わたしは呼び捨てを許可した覚えはないぞ。


 そう思ったが、口を開くと吹き出してしまいそうで、指摘できなかった。


「冬とかどうしてるんだろう?」

「ふ、たしかに、そうだ。毛がない動物は、外気温が安定している環境にいるものだしな」


 こうして考えると、ヴァレンティアスの疑問はシンプルながらも核心をつくものに思えた。


「たとえば、『ハダカデバネズミ』は地中深くにもぐって生活している。土の中なら、温度や湿度がほぼ一定に保たれるからな」

「『裸』で『出歯』って、よく考えたら悪口みたいな名前だよな」


 ヴァレンティアスはしみじみ言った。

 やめろ、また吹き出してしまうだろうが。


「けどたしかに、チュパカブラの目撃情報って夜ばかりだし、昼間は土の中にいるのかも?」

「もしそうならば新発見じゃないか? チュパカブラは捕獲しにくい上に短命で、これまで情報が少なかったが……外気温にさらされたせいで弱っていた、と考えれば説明がつく」

「なら、あのチュパカブラも弱ってるのかな? なんだか可哀想だ」


 ケージの中で丸くなっているチュパカブラは、言われてみれば寒さに身を固くしているようにも見える。


「まあ待て。まだ決めつけるのは早い。魔法生物と言うからには、魔力を持っているのだろう。それで体温調節しているのかも」

「あ、そうか。火属性の魔力があれば、裸でも暖かいかもしれないな」

「防寒魔法の〈コスナム・フーア〉って知ってるか? ああいった魔法を使えば、理論上は可能だ。あとは、それを維持するだけの魔力だな。血液は魔力と相性がいいから、それで吸血行動をとっているのかも……」

「じゃあさ、あとで魔力を測定するとき、食事前後の魔力量だけじゃなくて、体表部分の魔法属性も調べてみない?」

「賛成だ」


 この打てば響くような会話を、いつの間やら楽しんでいる自分がいた。

 実技は問題児だが、観察眼や着眼点は悪くないし、案外学者に向いているのかもな、コイツは。


「あとは、手の形も調べてみよう」

「あ、そうか。あの長い爪も、獲物を捕まえるためだけじゃなくて、モグラみたいに土を掘るためのものかもしれない」

「モグラは親指のつけ根あたりに、六つ目の指があるらしいぞ。これがあると、効率よく土を掘れるらしい。もし、チュパカブラがモグラのように特徴的な手の形をしていたら、日中は土の中で暮らしているという客観的な証拠になるかもな」


 魔法生物学会を揺るがす歴史的発見になるかもしれない、と興奮する自分を抑えつけ、できるだけ冷静な口調を心がけた。

 いかんいかん、久々にまともな学習ができているからって、無駄にはしゃいでは。

 どうせペアワークが終わったら、それまでの関係なんだ。変に期待してはいけない。


「ふふふ」


 む、浮かれて変な笑いがもれてしまったか?

 気を引きしめ直さねば……。


「ふふふふふふ」


 ……いや、これは、わたしの声ではないぞ……。


「いいですね、いいですね。素晴らしいですよぉ〜……」


 わたしたちの間から、ホーソーンがにゅっと顔を出した。

 ……心臓に悪いので勘弁してほしい。


「チュパカブラって、ふしぎでしょ? 魅力的でしょう?」

「え、ええ。まあ……」

「ほら、あの背中にあるトゲ! 一体なんだと思います?」


 ホーソーンがキラキラした目で見つめてくるので、わたしは後ろにのけぞった。……笑顔の圧を感じる。

 一方、ヴァレンティアスは素直に受け答えしている。


「うーん、突き刺して武器にするとか?」

「いい発想ですねぇ! サントレアさんはどうですか?」

「えっ? そ、そうですね……ヤマアラシなどは、外敵から身を守るために、皮膚がトゲのようになっていると聞きますが」

「素晴らしい! どちらもよい発想です! チュパカブラは未知の部分が多く、正解はわかりませんが……先生はね、あれは『クレスト』のようなものじゃないかと思うんです!」


 ああ、始まったよ。

 魔法生物について語りだすと長いんだ、この人は。


 ……さっきのわたしも、こんな感じだったのかな。

 こう客観的に見ると、明らかに痛い人間だ。気をつけねば。


「クレスト?」


 ヴァレンティアスが首をかしげる。

 やめろやめろ。乗らんでいい。


「クレストとはですね、ようするにトサカのことです。イグアナなどの動物は、オスのほうがより大きなクレストを持っているんです。つまり、ライオンの立て髪のように、異性にアピールするためのものですね。ですが、あなた方は先ほど、よい発想をされました。毛のない生き物は、外気温が安定した環境に生息する、という指摘です。これはつまり、体温調節が難しいということ。よって寒さだけでなく、暑さにも弱いということです。そこで、この背中のトゲが体の表面積を大きくして、体温を下げる働きをしているのでは――」


 べらべらべらべらべら。


 ホーソーンは流れる水のごとく、矢継ぎ早に語った。

 誰か助けてくれ。


 そうだ、補助教員のセイヴンはどうした?

 ふと周りを見渡す。


「シュー、シュシュシュ……」


 チュパカブラの檻の前で、四つん這いになって話しかけていた。


 おそらくチュパカブラの動物言語なのだろうが、はたから見れば異様な光景である。

 実際、周りの生徒たちは遠まきにひそひそと「なにあれ?」「怖……」などと囁きあっていた。


 ……これ見ていいやつか?


「生きたチュパカブラを見られるというのはですね、本っっっ当〰〰に貴重なんですよ! わたしも今回、研究論文を書くために譲ってもらったんですが、いやぁ、やはり若い人の発想力には敵いませんねぇ! どうです、わたしと共著論文を出しませんか? あなた方には才能がある……」


 ホーソーンは相変わらずこんな調子だし、セイヴンはチュパカブラになりきって会話しているし、ストッパー役が誰もいない。どうすんだこれ。


 だが、救世主は意外なところから現れた。


「先生! わたくし、早くチュパカブラに触れてみたいのですが!」


 エミリー・エヴェレットだった。

 その後ろで、ペアになったカミラ・オルロックがおろおろと見守っている。


「そうっすよ〜。せっかく実物が目の前にいるのに、触れないまま授業終了なんて、もったいないっしょ?」


 そこに、ジャック・クロフォードも加勢した。

 ホーソーンはいつもの落ちつきを取り戻すと、


「ああ、すみませんねぇ。つい熱くなってしまいました。では、みなさんお待ちかねの餌やりの時間です。……セイヴン先生、お手伝いをお願いします」


 と言って、授業に戻っていった。


 ……やれやれ、今回ばかりは助かった。


「アレン、おまえ公爵家の男なんだから、あれくらいあしらえなきゃダメだろ?」

「いや、なんだか嬉しそうに話してるから、つい」

「このお人よしがよ〰〰」


 クロフォードがヴァレンティアスに絡みにいっている。

 やめてくれ、そのセリフはわたしにも効く。


 エヴェレットはちらりとこちらを一瞥してから、やはりヴァレンティアスに駆けよると、


「アレン、共著論文ならわたくしもご一緒したいですわ」

「なんだ、エミリーはチュパカブラに興味があったのか? なら、代わりにやってほしい。俺は論文とか苦手だし……」

「い、いえ、わたくしは、そのぅ……」


 などと話しはじめた。


 本気か、あいつ?

 エヴェレットの表情を見ていれば、第三者のわたしですら気づくというのに。あの朴念仁め。


 というかおまえら、早く授業に戻れ。せっかく再開したんだから。


「ではみなさん、餌を選んだら報告にきてください。許可が出たペアから順に、餌やりをしてもらいます。わたしかセイヴン教授、必ずどちらかの監視のもとでおこなってくださいね」


 餌のにおいに反応してか、先ほどまで眠っていたチュパカブラが三匹、すっくと起きあがっている。


 シュー、シューと鳴きながら、血のように真っ赤な瞳をこちらへ向けている彼らに、わたしはなぜか嫌な予感を抑えられなかった。


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