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まさかの相棒

「はい! それではペアが決まったところで、こちらに注目!」


 パンパン、と大きく手を鳴らして、ホーソーンは空気を引き戻した。

 あちこちから聞こえていたざわめきが、さざなみのように引いていく。


「それでは……おっと、セイヴン教授。こられましたねぇ」


 校舎のほうから、細身で青白い肌の男性が、ひいひい息を切らせながら走ってきた。


「お、おお、遅くなりまして、すみませぇん……っ」

「いえいえ、今はじまったところですよぉ。寮監のお仕事、お疲れさまです」


 アリスター・セイヴン教授だ。彼は『動物言語学』の教授だが、ふだんは『魔法生物学』の補助もしている。

 ようするに、選択科目である動物言語学が不人気なので、時間を持てあましているらしい。難儀な話だ。

 男子寮の寮監をやっているのも、おおかた「暇だろうから」と押しつけられたんだろうな。


 生徒間のトラブルに対応しなければならない寮監の仕事は、手間も時間もかかるので、やりたがらない教授も多いらしい。

 特に必修科目の担当教授は、とてもじゃないが時間が足りないということなんだろうな。


「ひぇ、そんな、ボクなんて……ふ、ひひ」


 むりに笑顔を作ろうとして、かえって不気味になっている。


 ……この人、こんなにコミュニケーションに難があって、ちゃんと寮監をやれているのだろうか?

 これで動物とはふつうに話せるらしいから謎だ。


 っていうか、「寮監の仕事」って、ひょっとしてわたしの部屋にあった〈屍香蘭(しこうらん)〉のことか?

 だとしたら、わたしのせいで彼は遅刻したということだ。少し悪いことをしたな。


「じゃあ、まずは観察記録の作成からです。ケージ越しに観察してわかったことを、用紙にまとめてください。ただし、これはペア学習。ちゃーんとお互いに気づいたことを共有しながら完成させてくださいねぇ」


 そう言ってホーソーンは、ケージにかぶせていた黒い布を取り去った。


 わあ、と感嘆の声がちらほらあがる。

 青みがかった肌をした、毛のないコヨーテのような生き物が、眠たそうに丸くなっていた。


「なんか……思ってたよりおとなしそうだな」


 ヴァレンティアスが拍子抜けしたように言う。

 おそらく、同じことを思った生徒は多いのだろう。ふっと気がゆるむ気配を感じた。

 そこでホーソーンがエヘンとせき払いをして、


「えー、チュパカブラは夜行性なので、この時間は眠っていることが多いです。そのため、凶暴性は抑えられていますが、油断は禁物ですよぉ。生き物っていうのは、いつどこでスイッチが入るかわかりませんからねぇ」


 なんて釘を刺した。


「だとさ」


 わたしはニヤリと笑ってやった。

 ヴァレンティアスは恥ずかしそうに頬を掻いて、


「気をつけます」


 なんて殊勝なことを言った。

 うんうん、それでいい。わたしのペアになる以上、恥ずかしい成績を残すなんて許さないからな。


「では、始めてください。見た目の特徴はもちろん、動きのパターン、魔導具を使った測定。それと、五感を使った観察も重要ですよ。色、形、大きさ、におい、手触り。とにかく気づいたことをたくさん記録してくださいねぇ」


 その言葉を皮切りに、生徒たちはみな思い思いにチュパカブラいる檻の周りに陣取り、わいわいと楽しげにペアワークを始めた。

 ケージは全部で三つ。おかげで、うまい具合に生徒が分散している。


 わたしたちもいい場所を見つけ、腰を下ろす。

 こういう時、わたしは場所取りが苦手なんだが、ヴァレンティアスがスムーズに確保してくれて助かった。


「とりあえず、気づいたことを片っぱしから挙げていこう。まとめるのは最後でいい」


 わたしが提案すると、ヴァレンティアスも「わかった」と素直にうなずいた。


「見た目はホント、犬っぽいよな」

「コヨーテより少し大きいか……? 一・五メートル以上はありそうだな。吸血型の生き物は、小型化するのが定番だが」

「でも、魔法生物だと大型の吸血動物も多いよな、ラミアとか。吸血鬼にいたってはヒト型だし」


 ほう、意外と勉強しているな。感心、感心。


「ふつうに吸血するだけでは栄養摂取効率が悪いから、小型化するしかないが……ひょっとして、血液を魔力に変換する能力があるのかもな」

「ああ、たしかに。魔力はカロリーが高いって言うもんな」

「魔力切れで貧血のような症状が出るのも同じだな。急激にカロリーを消費するから、ハンガーノックを起こす」

「ようは低血糖?」

「そうそう」


 始まる前はどうなるかと思ったが……コイツ、けっこう知識が深くて、話しやすいな。

 いつも問題を起こしてるから、勝手に座学は苦手なのかと思っていたが。


「ただ、これらはただの推測にすぎない。観察記録には客観的事実しか書けないからな」

「ああ、そうか。うーん、難しいな……」


 真剣な表情でうんうん唸るものだから、つい笑ってしまう。

 ペアの相手がこんなにも真面目に協力してくれるのは初めてだった。

 いつもコイツみたいなヤツだったらいいのに。わたしは勉強したいだけなんだから。


「なら、あとで餌やりの時に、魔導具で魔力測定してみるか? 食べる前と後とで魔力量の差を測って数値を記録すれば、客観的データと言えるから……おい、どうした?」


 いつの間にやらボーッとこちらを見ていたヴァレンティアスに声をかける。


「え? あ、いや、なんでもない」

「ひょっとして暑いか? 熱中症を起こす前に言ってくれよ」

「ち、違う。ちょっとドキッとしたというか、うん。大丈夫、ダイジョウブ」


 なんだ、急に集中を乱して。まだ序盤なんだから、しっかりしてくれ。

 ……それとも、わたしの顔になにかついているか?


 わたしは汗が気になるふりをして、さり気なく顔を拭った。


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