騒がしいやつら
正直に言おう。
いやだ。ものすごく、いやだ。
だが、食堂は共用部であって、わたしの私室ではない。
「………………べつに、勝手に座ればいいだろう」
「いま葛藤してなかった?」
「ここの生徒である以上、食堂を使う権利は平等にある。わたしに許可を取る必要はない」
「そっか。じゃあ遠慮なく」
ヴァレンティアスは女生徒たちが食べ残した食事を包むようにして、プレースマットを畳んだ。
すると、乗っていた食器ごとみるみる吸いこまれ、気づけばただの布に戻っていた。
食事を終えた者は、こうしてプレースマットを畳むことで、後片付けをするのだ。これも魔導具の機能なのだろうが、見るたびふしぎな気分になる。
「なあ、イザベル嬢。この前の魔法薬学のことなんだけど――」
「おいアレン! 食堂行くなら声くらいかけろよな!」
なにごとか言いかけたヴァレンティアスを、ジャック・クロフォードのバカでかい声がさえぎった。
ああ、さようなら、わたしの平穏な食事の時間よ。
「って、げ。この女の隣かよ……」
ズカズカと近よってきては、わたしを見るなり顔をしかめるクロフォード。失礼なやつだ。
「ジャック、『この女』じゃない。彼女には『イザベル・サントレア』という立派な名前があるだろう」
「あー、へいへい。真面目ちゃんめ。……ってかお前、この間の授業でコイツに――」
「イ・ザ・ベ・ル」
「い、……サントレアに薬ぶっかけられてたろーが。なに隣に座ってんだよ」
「だから、そのことで話があったんだ」
ふたりが勝手に盛りあがっている。
勘弁してくれ。わたしは静かに食事がしたいんだ。
というか、ヴァレンティアスのやつめ。やはり文句を言いにきたのか。
せっかくの食事がまずくなるから、できれば後にしてほしいんだが。
そんなわたしの願いもむなしく、ヴァレンティアスはニコニコと話しはじめた。
「モリス先生から聞いたよ。イザベル嬢の薬がかかったおかげで、俺の劇薬が中和されてたって。ありがとう」
……どれだけお人よしなんだコイツは?
温室育ちにしてもほどがある。
将来はヴァレンティアス公爵家のもつ爵位を引き継いで、伯爵だか子爵だかになるのだろうに。こんなに素直で大丈夫か?
わたしと同じことを思ったか、クロフォードもしかめっ面をしている。
「んなもん結果論だろー? たまたまいい結果になっただけじゃねぇか。なあ、エミリー?」
「へっ? え、ええ。そうね……」
話をふられたエミリー・エヴェレットは、どこか心ここにあらずといったようすだ。
ふたりの後ろに隠れるようにして、チラチラとこちらを警戒している。
ただ、彼女の藤色の髪色はすこぶる目立つので、まったく隠しきれていないが。
やれやれ。そんな青ざめた顔をせずとも、取って食いやしないってのに。
「とにかく、ちゃんと謝れよ」
「あのとき謝ってたぞ?」
「アレンはちっと黙ってろ。こいつからは誠意が感じられないんだ、誠意が」
チンピラかコイツは。
新興貴族とはいえ、一応は男爵家の子息だろうに。
「おまえら。騒がしくするなら、よそでやってくれ」
気のせいか痛む頭を押さえながら、わたしは言ってやった。
「なんだとぉ……?」
「生活魔術のカーマイン教授にイチからマナーを叩きこまれたくなければ、好きにするといい」
「ぐ……っ」
いわゆる魔導士による『家庭科』の授業、『生活魔術』のヴァイオレット・カーマイン教授は、かつて王家の家庭教師を務めており、現国王からの信頼も厚い女性だ。
マナー教育担当でもあり、礼儀作法には鬼のように厳しい。なにせ、笑顔のままビシバシしごかれるのだ。
その恐ろしさは夢にまで見るほどだという。
実際、食堂で騒いでいた生徒らが、笑顔のカーマイン教授に回収されてゆき、しばらくはお通夜のように静かになるということが珍しくない。
わたしの忠告が効いたか、それ以上に絡まれることはなかった。
どうやらヤツらはわたしをいないものとして食事をすることに決めたらしい。
ヴァレンティアスだけは、チラチラとなにか言いたげな視線を送ってきたが、無視だ無視。わたしはなにも気づいていない。
わたしの隣には、彼らだけの世界があった。
いや、彼らだけではない。ここにいる誰もが笑い合い、青春を謳歌している。
わたしはそれを、透明な膜の向こう側から見ていた。
不可視なのに分厚くて、すぐそこにあるのに手が届かない。
住む世界が違うかのようだった。まるで、わたしだけが水の中にいるような。
……どうでもいい。
わたしがいるべき場所は、ここじゃないのだから。
無視されてせいせいする。やっと平穏になったんだ。
わたしは独りでだって生きていける。
わたしは静かに食事を終えると、ヤツらを視界に入れないように席を立った。
後ろからヴァレンティアスのヤツが声をかけてきたような気がしたが、聞こえないふりをした。
◇◇◇
――とんだ災難だったな。
心なしか重くなった荷物を担ぎなおして、わたしはため息をついた。
学園生活は過酷だ。周りのすべてが敵に思えるから。
一瞬たりとも気の抜けない状況というのは、想像以上に疲れるものだった。
早く寮に帰りたい一心で、重たくなった足を動かす。
この敵だらけの場所で、唯一の気を抜ける場所が、寮の自室だった。
学生寮は二人部屋が基本だ。
だが、本来ペアだった女生徒が「怖くて眠れない」と泣いて訴えたものだから、必然的にひとり部屋になった。わたしだけの特例だ。
学院側としても、貴重な魔導士をくだらないいざこざで失いたくはないのだろう。
それに、わたしだってひとりの時間がほしいので、願ったり叶ったりだった。
ドアのロックを魔力紋認証で外す。
指紋のように魔力にも一人ひとり違う紋様があるらしいが、裏を返せば、生徒たちの個人情報が学院側に把握されているということだ。
入学時の魔力測定のとき、魔力紋も登録されると説明を受けたことを思い出した。
こりゃ悪いことはできないな。
ふっと自嘲の笑みを浮かべながらドアを開いたわたしは、次の瞬間、鼻を刺す強烈な臭いに思いきり顔をしかめた。
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