真夜中の告白
「わたしが――吸血鬼だって知られたくなかったから」
アレンとジャックが息を呑んだ。
……やはりか。
「正確には、遠い先祖に吸血鬼がいたんです。だいぶ血が薄まっているので、わたしはほとんど普通の人間と変わらないんですけど」
「じゃあ、夏でも長袖なのは……」
「光線アレルギーでして。おとぎ話のように、日光で灰になったりはしないんですけど、やはり苦手ですね」
「なるほど、それで」
アレンが納得してうなずく。
「エミリーとイザベルは、気づいてたんだよな? その薬、なに?」
「〈抗土曜日症候群薬〉――吸血鬼の多くが患う先天性疾患の薬よ」
ジャックの疑問に、エミリーが答える。
わたしも言葉を継いだ。
「吸血鬼は〈土曜日症候群〉といって、毎週土曜日や新月後の水曜日に体調を崩しやすい。……一昨日の水曜日にカミラ嬢が体調を崩していたのも、そのせいだったんだな」
「ええ。ですから直前、つまり金曜日の夜に、あらかじめ〈抗土曜日症候群薬〉を打ってもらうんです。……実のところ、これは病気ではなく、先祖が結んだ〈誓約〉のせいなんですけど」
「え、そうなのか?」
それは初耳だ。
横を見ると、エミリーも興味深げに耳を傾けていた。
「吸血鬼って、けっこう誤解されていて……ちゃんと鏡に映るし、ニンニクだって好きです。先祖がニンニク嫌いだったから、勘違いされちゃったみたいで。それと、聖印も平気ですよ。オルロック家は信心深い家系ですし」
「じゃあ、光線アレルギーは……?」
「あ、それは遺伝ですね。代々、色白な人間が多いので」
「ひょっとして、あの日、わたしの部屋に入るのをためらったのも……?」
あの「招かれなければ家に入れない」という、吸血鬼の特性だろうか。
カミラはため息をついた。
「それも先祖が結んだ〈誓約〉です。本当に生きにくくて困るんです。……まあ、そのぶん身体能力が高くなったりもしますけど」
「ああ、吸血鬼ってそういうイメージあるよな」
「鼻がきくのも良し悪しで……おかげであの魔法生物学のとき、サントレアさんのローブに染みついていた〈屍香蘭〉の臭いもわかっちゃって」
「……そういうことだったのか」
「〈誓約〉ってなんだ?」と、ジャックが手をあげた。
「神に誓う制約のことです。守れば祝福が与えられ、やぶれば禍が降りかかる」
「げっ、メンドーなやつだな」
「……まあ、否定はしません」
カミラが苦笑する。
きっと、誰よりも苦労しているのだろう。
「だが、〈誓約〉はふつう個人がたてるものだろう?」
「ええ。でも先祖が、勝手に子孫を巻き込んだみたいで……おかげで苦労しています」
なんとも実感のこもった言い方だったので、思わず笑ってしまう。
「……あの、ひとつだけいいですか」
和やかな空気をやぶるように、アレンが切り出した。
「僕たちはそもそも、イザベルの部屋に〈屍香蘭〉が置かれていた事件について調べていたんです。ひとつ仮定があって……もし、元同室ペアの魔力がまだ寮部屋に登録されていたなら、扉を開けられるのではないかと」
ああ、そうだ。本来の目的を忘れていた。
正直なところ、この流れの中では聞きづらかったので、助かった。
「まったく……探偵ごっこもいい加減にしてください。寮部屋の魔力認証は、ペア変更時に速やかに抹消されます。今はサントレアさんのものしか登録されていません」
「そう、ですか」
よかったような、肩すかしを食らったような。
これでまた振り出しに戻ったというわけだ。
「……そういえば、ですが」
エミリーがふと思い出したように言った。
「チェンバース教授の保管庫には、魔法薬の材料がたくさんありますよね? そこに〈屍香蘭〉があったりはしませんか?」
わたしはハッと息を呑む。
「そうだ。たしか……〈抗土曜日症候群薬〉の材料には、〈屍香蘭〉が使われていると」
「……なにがおっしゃりたいのです」
「い、いえ。ただ、誰かが教授の保管庫から盗んだ可能性があるのではないかと……」
図書館で読んだ『わたしはこうして死にかけた――禁断の魔草探索記』という本の内容が頭をよぎる。
〈屍香蘭〉は、十年に一株あるかないかという貴重な花だ。ただの人間が、そう易々と手に入れられるだろうか。
しかし、チェンバースは不快げに眉をひそめた。
「保管庫の在庫は、わたしが毎日確認しています。欠けたものは一つもありません」
「ですが……」
「そんなことはどうでもよろしい。それより、校則違反のあなた方には、とうぜん罰則があります」
チェンバースの声が、少しだけ意地悪げに響く。
「え〰〰っ! オルロックはいいのかよ?」
「彼女は許可を得てここにいます」
ジャックの抗議は軽く流された。
「……まあ、罰金や停学じゃないだけマシだ」
アレンが肩をすくめる。
……仕方ない。やるしかないだろう。
「はい。わかりました。罰則は受けます」
こうして、事件はまたひとつ、振り出しに戻ることとなる。
――新たな疑念を残して。
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