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暗闇で、影を追う

 夜の談話室は、昼間のざわめきが嘘のように静まりかえっていた。

 魔法灯をひとつだけ残して、他は落としてある。

 ほの暗い空間の隅に、わたしたちは息をひそめていた。


「……なあ、イザベル」


 隣のジャックが、いつもより小さな声で囁く。


「もし本当に、オルロックが〈屍香蘭〉を仕かけた犯人だったら……どうするんだ?」

「どうする、とは?」

「先生に突き出すか?」


 じっと琥珀色(こはくいろ)の瞳が向けられる。

 一度、情をかけた相手を切り捨てられるのか、と心配してくれているようだ。

 これで案外、彼も繊細な気づかいができる男である。


「わたしは、ただ真実が知りたいだけだ。理由もわからないうちに、結論を出すつもりはないよ」


 そう答えると、ジャックは「そっか」と少し安心したようだった。


 少し離れたソファの陰では、アレンとエミリーが耳打ちし合っていた。

 エミリーが手帳を取り出して、何かを走り書きしている。相変わらず準備がいい。

 アレンは静かに、部屋の出入口に目を光らせていた。


「来るといいんだけどな……」


 ジャックが小声でぼやく。

 その声に、アレンが「しっ」と小声で返す。


「声がでかいとバレるぞ」

「へいへい……」


 まあ、無理もない。今度も空振りだったら、精神的にも体力的にもこたえるだろう。


 時計の針が一分、一分と進んでいく。

 次第に、談話室を包む空気が、夜の深まりとともに冷えてくる。

 そろそろ、噂に聞いた時間のはずだ――。


 ――カツン。カツン。


 足音がした。


 全員が一斉に身を固める。

 談話室の扉が、静かに、音もなく開く。


 入ってきたのは――カミラ・オルロックだった。


 夜目にも白く映える肌。足音を立てないように歩くその様子は、どこか影のようだった。

 彼女は誰にも気づかぬよう、そっと扉を閉めた。

 彼女は談話室の脇をすり抜け、そのまま廊下へと向かっていく。


「――〈姿隠し(フォルーイン)〉」


 エミリーが小さく呪文をとなえた。どうやら、先ほど手帳に書きつけていたのは、尾行に使う魔法だったらしい。

 わたしたちの姿がスッと薄くなる。


「〈暗視(シャラ・ドルハダス)〉」


 わたしも、夜目がきくよう全員に魔法をかける。これで準備は万端だ。


「行くぞ」


 アレンの低い声。

 わたしたちは無言でうなずき合うと、物音を立てぬよう、距離を保ちつつ尾行を始めた。


 彼女の歩みはよどみない。目的地が決まっているような、無駄のない動きだった。


 やがて彼女は、渡り廊下を抜けて、保健棟の裏手にまわる。

 そして、裏口に差しかかったところで、小さくノックを三度。

 まるで示し合わせたかのように、扉が静かに開く。


「……モリス先生」


 小さな声が聞こえる。


「遅くなってすみません。ちょっと貧血が続いてて……」

「わかっています。中へどうぞ」


 落ち着いた声――学校医、モリスのものだ。

 するりと滑りこむように、カミラ嬢が中へ入る。

 窓のカーテンが閉まっていて、室内のようすは見えない。


「〈透視(トリー・シュール)〉」


 わたしは全員に透視呪文をとなえる。


 カンニングに使われがちなため、教師たちには蛇蝎のごとく嫌われている呪文だが、これでなかなかどうして便利な魔法だ。

 もちろん、不埒なことには使えないよう、寮や建物には反魔法(アンチマジック)が施されていることも多いが。


 幸い、壁は無理でも、カーテンの向こうは見通せるようだった。

 中にいたのは、カミラ嬢と校医のモリス、それとなぜか魔法薬学教授のチェンバースだった。


 カミラは診察用の椅子に座ると、制服の袖をまくり、腕を差し出した。

 モリス先生が取り出したのは――注射器と、小さな薬瓶(くすりびん)

 さすがに会話までは聞こえないが、視覚強化のおかげで、細かいところまでよく見える。

 そのラベルに書かれた文字を読んで、わたしは息を呑んだ。


「……〈抗土曜日症候群薬(サバタミド)〉……」


 わたしはエミリーと顔を見合わせる。

 その薬の意味を、わたしたちは知っていた。


「なんだそれ?」


 ジャックとアレンはふしぎそうな顔をしている。

 どう、説明すればいいものか……。


「つまり、その……カミラ嬢は……」


 言いかけた瞬間、カラ――ンッと大きな音が響き渡る。

 彼らが身を乗り出したことで、エミリーの胸ポケットからペンが滑り落ちたのだった。


「しま……っ」


 いっせいに青ざめるが、もう遅い。


「――そこ、いるのはわかっています。出てきなさい」


 扉を開けて、チェンバースが顔を出す。

 静かな、しかし有無を言わせぬ声だった。


 わたしたちは観念して立ちあがる。


「まったく……君たちは、どうしてこうもお節介が過ぎるのかね」


 皮肉混じりの口調。だが、その目に宿っているのは怒りではなく、どこか呆れたような色だった。

 うながされ、仕方なくわたしたちは保健室の中に入る。


 チェンバースの後ろでは、モリス先生もこちらを見ていた。

 その後ろで、椅子に座るカミラ嬢が、少し困ったように視線を落としている。


「……すみません」

「謝罪は後にしてください。まずは確認いたします。……なにか見ましたか?」


 チェンバースの目が鋭い。

 モリス先生は柔らかな笑みを浮かべているが、その奥にある緊張感は隠せていなかった。


「……いえ、なにも」

「虚言を(ろう)するのは賢明な判断とは言えませんね」


 ……バレている。

 これは、ごまかしてもロクな結果にならなそうだな。

 わたしはエミリーと顔を見合わせると、代表して答えた。


「その……カミラ嬢が、薬品を投与されているところを見ました」

「薬剤名は?」

「……見ました」

「そのようすですと、その目的も理解しているようですね」

「……はい……」

「いま見たことは忘れなさい。よけいな詮索(せんさく)は身を滅ぼします。……いいですね?」


 チェンバースの冷静な言葉に、わたしは思わず視線を落とした。

 いいもなにも、教師陣が黙認しているなら、我々に否やは言えまい。


「イザベル、どういうことだ?」

「俺たちにもわかるように教えてくれよ」


 アレンが困惑したように言い、ジャックもそれに続いた。

 しかし、本人を目の前にして、わたしたちが勝手に秘密を暴いていいものだろうか。


 だが、そのとき――カミラ嬢がゆっくりと立ち上がった。


「もういいんです、先生」

「……いいのですか?」

「はい。サントレアさんたちなら、かまいません」


 そう言うと、彼女はわたしにまっすぐ目を向けた。

 その目は、あの授業中にわたしを拒否した時のものとは違う。怯えても、拒絶してもいなかった。

 ――初めて、目が合ったと思った。


「……わたし、耳がいいんです」


 カミラが小さくほほえむ。


「談話室のあなたたちの会話、聞こえていました。サントレアさんが、わたしの体調を心配してくれたことも。……それに先日の水曜日は、具合が悪かったところを助けてもくれましたね」

「……それで、わたしたちを信用したのか?」

「はい。あのとき、あなたが何も聞かず、黙ってベッドを貸してくれたから。ああ、この人なら――って」


 言葉に詰まったわたしに代わって、アレンが口を開いた。


「じゃあ……やっぱり、君がイザベルの元同室ペアだったのか?」


 カミラはうなずいた。


「ごめんなさい。別に、サントレアさんが嫌だったわけじゃないんです。ただ、誰が相手であっても、同室は無理でした。わたしが……」


 そこで、一度言葉を切る。

 ひとつ息を吸い、彼女は震える声で告げた。


「わたしが――吸血鬼だって知られたくなかったから」


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