眠る容疑者
結論から言うと、その夜にカミラの姿を見ることはなかった。
わたしたちは談話室の物陰に隠れてひと晩をすごしたが、空振りに終わることとなる。
けっきょく、徹夜で疲れた体を引きずりながら、「また放課後に」と解散した。
寝不足でふらつく頭をこらえながら、わたしは講義棟の廊下を歩いていた。
事件の影響で、いまだに自粛期間が続いている。
おかげで水曜の午後は必修科目がすべて飛んでしまったのが、今のわたしにはかえってありがたかった。
……早く部屋に戻って、仮眠をとろう。
そう足早に角を曲がったところで、人影に気づいてピタリと止まる。
壁に手をつき、かがみ込むように立っていたのは――カミラ・オルロックだった。
「カミラ嬢。どうかしたのか」
わたしは自分の頭痛も忘れて、つい彼女に声をかけていた。
……さすがに、わたし以上に体調が悪そうな者を見捨てられるほど、人でなしではないつもりだ。
わたしの呼びかけに、彼女はゆっくりと顔を上げた。
目が合うまで、妙に時間がかかった。瞳の奥に焦点が合っていない。顔色も悪い。
「……サントレアさん……ごめんなさい、少し……目が、くらんで……」
「立っていられないなら、わたしの部屋で休むといい。すぐ近くだ」
返事を待たず、わたしは彼女の腕を取り、歩き出す。
カミラ嬢は力なくついてきたが、扉の前に来たところで、ふと足を止めた。
「……その……入っていいのでしょうか」
伏し目がちに、ためらうような声だった。
いいもなにも、わたしから誘ったんだから、当たり前だろうに。
律儀なんだか遠慮がちなんだか。
……いや、本当はわたしの部屋なんか、入りたくないのかもしれないが。
「構わない。遠慮せず入ってくれ」
そう言うと、ようやく彼女は部屋に足を踏み入れた。
わたしの部屋には、使われていないベッドがひとつ残っている。本来なら二人部屋だったころの名残だ。
そのベッドに予備の寝具を敷いてやると、カミラ嬢は小さく礼を言って横になった。
「……すみません。カーテン、閉めていただいてもよろしいですか」
「まぶしくて寝られないのか?」
「……はい。少しだけ」
「わかった」
わたしは西日の入る窓のカーテンを閉め、部屋を薄暗くした。
カミラ嬢は静かに布団を引き寄せ、目を閉じた。
わたしは机に向かい、部屋に備えつけてある連絡用魔導具で、保健室に連絡をとる。
そう時間はかからなかった。
ノックの音とともに、扉が開く。
「失礼します、サントレアさん。オルロックさんがこちらにいらっしゃるとのことですが……」
入ってきたのは校医のエドワード・モリスだった。
書類と小さな医療ポーチを手にしている。
「カミラ嬢が、廊下でふらついていましたので、こちらで休ませています」
「なるほど……わかりました」
モリス先生は部屋に入ると、軽く室内を見回した。
ちらりと壁のカレンダーを確認して、「……ああ」と小さくもらす。
……なんだ今の?
問いかける間もなく、彼はベッドの脇にしゃがみ、優しくカミラ嬢に話しかけた。
「オルロックさん、体調はいかがですか?」
「……少し、めまいがして……」
「どんなめまいかな? 目がまわる? 気が遠くなる感じ?」
「気が遠くなる感じ、でしょうか」
「それはつらかったですね。どのくらい続いていますか?」
カミラ嬢の脈を取りながら、モリス先生は流れるように聞きだしていく。
そして、口の中や目の粘膜、爪などを確認した。
それから、テキパキと足の下にクッションを敷く。
「特に大きな問題はなさそうです。軽い貧血ですね。しばらく横になっていれば回復しますから、あまり心配なさらずに」
「はい。ご対応ありがとうございます」
「オルロックさん、きつい衣服は外して、楽な姿勢で休んでください。水分は、しばらく控えましょうね」
「……はい。すみません」
「では、何かあったらすぐ呼んでください。お大事に」
モリス先生は簡単な記録をつけ、静かに部屋を後にした。
足音が遠ざかり、室内は再び静かになる。
カミラ嬢は毛布の中で、変わらず目を閉じていた。
「カミラ嬢、もう少し……涼しい服装のほうがいいんじゃないか? ひょっとしたら、熱中症もあるかもしれない。この時期は暑いから……」
わたしはお節介だと自覚しながらも、つい口出ししてしまう。
だが、カミラ嬢からの返事はなかった。
……眠ってしまっただろうか?
わたしも仮眠を取りたいが、彼女が〈屍香蘭〉を置いた犯人かもしれない疑惑がある以上、おちおち寝てもいられない。
ため息をひとつついて、わたしは仕方なく椅子に座り、彼女が目覚めるのを待った。
◇◇◇
「……ということがあったんだ」
そんなやり取りがあった、次の日。
わたしはすぐさま、彼らに情報共有した。報連相は基本だからな。
「オルロックが犯人かもしれねぇってのに、よく部屋に入れたなぁ」
ジャックは呆れたようすだ。アレンやエミリーもうんうんうなずいている。
まあ、無理もない。わたしだって自分でも思う。
「仕方ないだろう。お前たちは、あの状態のカミラ嬢を見てないから言えるんだ。あんなフラフラな状態の彼女を見て放っておけるほど、わたしは人でなしじゃないぞ」
「そうだな。お人よしだよホント」
このわたしを前にして『お人よし』なんて言えるのは、お前たちくらいのものだと思うが。
なにしろ『血まみれイザベル』だからな、わたしは。……自分で言っていて虚しくなる。
「ところでさ、そのオルロックだけど、いい話を聞いてきたぜ」
ジャックが得意げな顔をして、ひそひそと耳打ちする。
「どうも、彼女が出歩く曜日は決まって金曜日の夜らしい」
「……金曜日?」
「となると、明日の夜か」
なるほど、いつも夜歩きするわけではなく、曜日が決まっているのか。
だから昨日は空振りだったんだな。
「じゃあ、明日の夜、また決行だな」
……やれやれ。
今度こそ、なにか掴めるといいが。
期待よりも警戒が勝っていた。
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