もうひとつの鍵
「――というわけで、私の部屋に〈屍香蘭〉を置けた人物がいるとすれば、それは元同室ペアだった生徒かもしれない」
わたしがそう切り出すと、ジャックは拳を握りしめた。
「なるほどな。つまり、堂々と扉を開けて入れる奴がいたってことか。そいつが犯人だな、ぜってーそうだ!」
「待て。まだそいつが誰なのかすら特定できていないんだぞ。決めつけるんじゃない」
「いやいや、でもよ、他に誰がそんなことできるんだよ。合点がいきすぎて、逆に怖ぇくらいだぞ」
「……ジャック、だからこそ慎重にいくべきだよ」
アレンがさえぎるように言う。
「状況証拠だけで決めつけてしまったら、濡れ衣を着せてしまう可能性だってある。……あのときのイザベルみたいに」
わたしは小さく息をついた。
相変わらず、あのときのチュパカブラ騒動を今も引きずっているらしい。
「えー、じゃあ逆に、他に入れるやつがいるか?」
「……いない、とは言いきれない。だからこそ、可能性はひとつずつ潰していく必要がある」
ジャックは「むむむ」と唸りながら頭を抱えた。そこへ、アレンが口を挟む。
「つまり、その“元同室ペアだった人物”が誰だったのか、そこから調べるしかないってことか」
「ああ。だが、そこが最大の難関でもある。……わたしは、その人物の名前を聞かされていない」
「じゃあ寮監に聞くとか――」
「難しいだろうな。生徒の個人情報なんて、そうそう開示されない。しかも今は集団昏倒事件の対応で手一杯だろうし」
「じゃあ、どうするんだよ」
ジャックが面倒くさそうに眉をしかめる。
代案を出したのはエミリーだった。
「人の口に戸は立てられぬ、と申しますし。案外、知っている方がいるかもしれませんわ。途中でペアが変わった、とか」
「じゃあさ……」
アレンが周囲を見回す。
談話室には、今日も手持ち無沙汰な生徒たちがちらほら。勉強、読書、おしゃべり――そして、どこか退屈そうな顔ぶれ。
「いまなら、話くらい聞いてくれるかもな。みんなヒマを持てあましてるだろうし。聞きこみ、してみる価値はあると思う」
その提案に、全員がうなずいた。
「よっし、調査開始だな!」
ジャックが勢いよく椅子を蹴って立ち上がる。
「おい、くれぐれも『おまえが犯人か?』とか聞くなよ。相手にされなくなるぞ」
「わかってるって!」
……と、言っているそばから、声がでかい。
「じゃあ俺、男子寮のやつら当たってくる! 情報通に心当たりあるんだ」
「では、わたくしは女子寮側を」
「イザベル、きみはどうする?」
「……わたしは、残ってる記録の裏づけを図書室で当たってみる。寮の使い方に関する文献や通知、何か見落としがあるかもしれない」
こうしてわたしたちは、手分けして情報を集めることになった。
それから約一時間後。
談話室の隅に戻ってきたわたしたちは、得られた情報を持ち寄る。
「おつかれ、どうだった?」
「ひとつだけ、気になる話がありましたの」
エミリーが得意げに胸を張る。
さすが、女子ネットワークは強い。
「どんな情報だ?」
「イザベルの元ペアかはわからないけど。一年生のカミラ・オルロック嬢は、ひとり部屋なのだそうよ。あなたと同じで、ね」
「ひとり部屋?」
それは、たしかに妙だ。
ひとり部屋の生徒がそんなにいるなら、あぶれた者同士で同室になればいいだけだ。
あまり例外を作っていては、他の生徒が不満に思うだろうからな。
となると、わたしとペアを拒否したために、組む相手がいなくなって、仕方なくひとり部屋となった……?
「カミラ・オルロックといえば、チュパカブラの事件のときに、わたしとペアになるのを嫌がった相手だな」
「そいつで間違いないだろ!」
「だから、決めつけるんじゃない。証拠がないだろう」
「じゃあ、どうする? 見張りでもつけとくか?」
「……そうだな、それも悪くないかもしれない」
警察も、張りこみ捜査で証拠をつかむという。
ならば我々もプロにならい、泥臭く足で稼ぐことにしよう。
「カミラ嬢がどんな人間なのか、調べよう。ただし、本人に気づかれないように。迷惑をかけないよう、さり気なく観察するんだ。……いいな?」
「なんだか、監視みたいで気が進まないけど、仕方ないな」
「そうか? 俺は探偵っぽくてワクワクするぜ!」
「ほどほどにな。くれぐれもストーカーと間違われないようにしてくれよ」
「では、わたくしはクラスメイトに、彼女について知っていることがないか聞いてみますわ」
◇◇◇
数日かけて集めた断片的な情報を、わたしたちはふたたび談話室の片隅で持ち寄った。
「それとなく聞いてみたけど……詳しく知ってるやつ、いなかったな」
ジャックが椅子の背にもたれながら、ぶっきらぼうに言う。
「わたくしのほうも似たようなものでしたわ。『なんとなくひとりだった』という印象ばかりで、はっきりしたことを覚えている子はいませんでしたの」
「ていうか、『誰と同室だったか』なんて、よっぽど仲よくなきゃ覚えてねえよな……」
「まあ、入学直後のことなんて、印象に残らなければ忘れてるだろうしね。誰かとトラブルでも起こさないかぎりは」
そうアレンが肩をすくめた。
「ちなみに、彼女以外にひとり部屋の生徒はいなかったか?」
「聞いたかぎりじゃ、他にはいなさそうだったぞ。まあ、上級生も含めるとわからないけどさ」
ジャックがあくび混じりに言いながら、空いたカップに手を伸ばす。
そこで、ふいにエミリーが「気になってたんですけど……」と切り出した。
「このあいだ見かけたとき、まだ長袖を着てましたわ。けっこう暑そうにしていて……」
「あー、俺もそれ見たかも。汗かいてたのに、袖まくりすらしなかったな。まさか夏服持ってないってわけじゃないよな?」
「どうでしょう。オルロック伯爵家は、それなりに裕福な家だったはずですが。でも……ちょっと珍しいとは思いましたわ」
「ひょっとして、体に傷でもあんのかな? それを見られるのが嫌で、ひとり部屋なのかも」
ふたりの会話を聞いていたアレンが、難しい顔をして腕を組む。
「まあ、人にはそれぞれ事情があるさ。あまり詮索しすぎるのはよくないかもな」
「そうね。余計なお世話だったかも」
「だが、エミリーが心配する気持ちもわかる。テスト中に倒れた生徒たちみたいに、体調を崩さないといいが」
わたしがそう返したときだった。
談話室の奥の扉が開いて、誰かが入ってくる。
ちらりと目をやると、そこにいたのはカミラ・オルロックだった。
手に本を数冊抱え、うつむきがちに足早に通り過ぎていく。こちらには目もくれない。
「……聞こえたかしら?」
エミリーが口もとを押さえながら、不安そうに言った。
……どうだろう。
彼女の反応だけでは判断できない。
ただ、その背中は、いつも通り静かだった。
「……あの子、やっぱり、ちょっと変わってるよな」
彼女が女子寮に入っていくのを見届けてから、ジャックが小声でつぶやいた。
「性格が大人しいだけよ。別に変じゃないわ」
エミリーがかばうように言うが、ジャックは「けどさ」と反論した。
「何人かの生徒から聞いたんだけど、あの子が夜中に出歩いてるとこを見たんだってさ」
「彼女が? そういうタイプには見えないけれど」
「だろ? だからこそ怪しいんだよ」
「……というか、その生徒たちはどうやって目撃したんだ?」
おとなしく寮の自室にいたなら、夜中に出歩く彼女を見かけないだろう。
わたしがそう突っ込むと、ジャックは気まずげに頭をかいた。
「ま、まあ、そういう連中のおかげで、情報を得られたわけだし……結果オーライってことで」
「まったく……あまり変な連中と関わりすぎるなよ」
「へいへい、わかってますって」
「けど、これで次にやることは決まったな」
アレンが少し悪い顔をする。
「カミラ嬢が夜中になにをしているのか……それを確かめにいこう。今夜、尾行して」
「おいおい、アレンまで校則違反かよ?」
ジャックがからかうように言った。
「もし、彼女がイザベルの部屋に〈屍香蘭〉を置いた犯人なら……夜中にコソコソ出歩いているのも、なにか企んでいるせいなのかもしれない」
「しゃーねぇな。俺も付き合ってやるよ」
「お、おい……いいのか? わたしのために、そんな危ない橋を渡らなくても……」
「イザベル。これはもう、キミひとりの問題じゃなくなっているんだよ」
勇ましいのは結構だが、エミリーがなんと言うか……。
わたしは不安になって彼女を見る。
その視線に気づいたか、エミリーは深いため息をついた。
「校則違反なんて許せないけど……仕方ないわね。わたくしが見張っていないと、なにをするかわからないもの」
「そうこなくっちゃ!」
おいおい。
エミリー、ふたりの影響で不良になってきていないか?
「やれやれ……もう誰も止められそうにないな」
自分でも苦笑を浮かべているのがわかる。
なんだかんだ、わたしもずいぶんと彼らに影響を受けているらしい。
わたしが受け入れたのがわかったか、彼らはうなずいた。
「――じゃあ今夜、談話室に集合な」
そういうことになった。
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