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言葉は壁を越えて

「ここにいる! 遺憾(いかん)だが、閉じこめられたらしい」


 ドアの向こうから、ガチャガチャとノブを回す音が聞こえた。


「……くっ、閉まってるな」

「おいおい、ずいぶん陰湿なマネするじゃねーか」


 どうやらクロフォードもいるらしい。

 呆れたような声がする。


「お待ちを! 今、先生がたを呼んで参りますわ!」


 エヴェレットの声と足音が遠ざかっていった。


「大丈夫だ、イザベル。すぐに助けるから」


 なぐさめるような声色で、ヴァレンティアスが言う。


「……どうしてここに?」


 わたしはなんとなく気恥ずかしくて、つい話題をそらしてしまった。

 こんなふうに優しく声をかけてもらったのは、本当に久しぶりだったから。

 まして、同年代の相手ともなれば、なおさら。


「いや、その……」


 なぜかヴァレンティアスが口ごもる。

 クロフォードがからかうような口調で言った。


「夕飯の時間になってもおまえが食堂にこなかったから、アレンのやつがうるさくてさぁ。探しにきたら、ここにいたってわけ」

「それにしても、よくここだとわかったな」

「そりゃまあ、見てたし」

「……見てた?」

「お、おいジャック!」


 ヴァレンティアスが焦ったような声を出す。

 なんだ、なにか隠しごとか?


「いいじゃねぇか、別に。いい機会なんだから、さっさと言っちまえよ」

「け、けど、イザベルはいま閉じこめられてるのに……」

「だからこそだろ? なんか話してたほうが、気がまぎれるじゃねぇか」


 ほう、クロフォードのやつ、なかなか気がまわるじゃないか。

 それに、ここまで言われては、さすがのわたしも気になるぞ。


「でも、こういうことは顔を見て直接言ったほうが……」

「んなこと言って、ずっとウジウジウジウジ引き延ばしてきたんじゃねぇか。もーいい加減、俺はしびれを切らしたぜ」

「うぐ……」


 おいおい、わたしを放って盛りあがるんじゃない。


「言ってくれ、ヴァレンティアス」

「う、イザベルまで……」

「察するに、面と向かっては言いづらいんだろう? だったら、ちょうどいい。わたしはいま、閉じこめられていて退屈なんだ。おしゃべりなら付き合うぞ」


 正直なところ、助けがくるとは思ってもみなかったから、いささか感動していた。

 いまなら少しくらい文句を言われても、聞いてやろうと思うくらいには。


 だから、ヴァレンティアスに告げられた言葉は、まったくの予想外だった。


「――ごめん!」

「……え?」

「あの、ごめん。……チュパカブラのとき……」

「ああ……」


 あのことか。

 別に、もういいのに。相変わらず律儀なやつだな。


「気にするな。あんなことがあったら、当然だ」

「――当然じゃない!」


 強い口調で否定される。


「あんなの、言いがかりだ。イザベルは嫌がらせまでされて、そのうえ犯人扱いされるだなんて、あんまりじゃないか」

「自作自演だと思われたんだろう」

「そんなの、〈屍香蘭(しこうらん)〉の匂いをさせていたら、一番狙われるのはイザベルじゃないか。わざわざそんな危険な真似なんかするもんか」


 まあ、それはそうなんだが。

 あの状況で、そんな冷静に考えられる人間のほうが珍しいだろうな。


「俺、わかってたのに。イザベルはそんなことしない、って。なのにあの時……なんて声かけたらいいか、わからなくなって。そんな態度だったから、誤解させたんだよな。……ホント、ごめん」

「……ずっと気にしていたのか? あの日から?」

「……うん」


 バカだなぁ。

 本当に、バカだよ。


「いいよ。……こっちこそ、悪かった」


 こうやって誰かに謝るのは、孤児院にいたとき以来だな。

 こっちにきてからは、自分を守るのに必死で、誰かに謝ることをしてこなかった。


「いや、イザベルは悪くない。俺が……俺が悪いんだ」

「もういいって」

「……イザベル……」


 そのとき、パタパタと足音が近づいてきた。


「すみません……ちょうど会議中で、どなたもいらっしゃいませんでしたの……」


 エヴェレットが息を切らせて言った。


 そういえば、来週には試験があるから、教師陣も忙しい時期だ。

 職員会議で拘束されていても無理はない。


「もうこの鍵、ぶっ壊しちまうか」

「だ、ダメですわ! そんなことしたら、罰金になりますわよ!」


 クロフォードの言い分を、エヴェレットが慌てて止める。

 器物破損は実費請求が基本だからな。


「そうだ、やめておけ。ここの鍵は古代のアーティファクトだから、壊したら再現不可能だ。それをわざと破損させたとなると、並みの貴族なら弁済だけで財産を失うことになるぞ」

「げっ! ……やめとく」


 ぜひそうしてくれ。

 下手に壊して永遠に出られなくなったら、と思うと洒落(しゃれ)にならん。


「ですが、どうしましょう。職員会議が終わるまで、待つしかないのでしょうか……」

「他に出口があれば……」


 ヴァレンティアスがそう言うと、クロフォードがあっと声をあげた。


「そういや、あるじゃん!」

「なんだって?」

「いや、出口っつーか、ほら。図書室って、高窓あるよな?」


 わたしは思わず息を飲んだ。


「――どこだ?」

「たしか、北側の壁のところにあったはずだ」

「よし、回りこもう! イザベルも、高窓の下まで移動してくれ!」

「わかった!」


 バタバタと足音が遠ざかる。

 わたしも図書室の北側に移動した。


 ――あった。

 たしかに、北壁に設けられた高窓から、白く冷たい光が静かに差しこんでいる。

 昼でも仄暗い図書室の中で、その高窓だけが、時を忘れたように空と繋がっていた。


「イザベル、聞こえるか!?」

「ああ、聞こえる!」


 わたしは高窓をじっくり観察して、ハッとした。


「……ダメだ」

「え?」

「な、なんでだよ?」

「魔法陣だ。……高窓に、侵入防止の魔法陣がかかってる」


 おそらく、触れるだけでダメージが出るタイプの魔法陣だ。

 無理やり突破しようものなら、どんな目に遭うかわからない。


 わたしたちの間に落胆した空気が流れる――しかし。

 ぽつり、とクロフォードが一言もらした。


「――なあ、あの魔法陣、なんかおかしくねぇ?」


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