犯罪者の娘と呼ばれて
「今から約一八〇〇年ほど前。我々がいま暮らしている〈グランディア王国〉は、太陽王にして初代国王である〈アレクシス・グランディアス一世〉が建国しました。彼は、かつて魔王を討ち倒し、この世界に平和をもたらして――」
魔法史のオズワルド・グレイシャム教授の穏やかな語り口が、多くの生徒を眠気に誘っている。
だが、わたしは机に肘をつきながら、イライラした気分でノートに書きつけた。
……なにが勇者だ、バカバカしい。
誰かに聞かれたら不敬罪で捕まりそうなセリフを、心の中で吐き捨てる。
戦争で勝ったほうが正義で、負けたほうは悪人扱いだってだけだろ。
わたしには、魔王のほうがよっぽど感情移入できる。
「その後、長らく続いていた内乱が落ちついたため、およそ八百年前、当時の名のある魔導士たちにより、この〈ソロモナリエ魔導学院〉が創立されました。ここは、アレクシス・グランディアス一世が使っていた旧宮殿を、当時の魔導技術を結集して改修したものであり――」
気に入らない。
この国も、この世界も。
わたしを取り巻く環境さえも。
ハッキリ言って、わたしは嫌われ者である。
我ながら猜疑心の塊のような性格だと思うし、言葉を飾るのは苦手だし、周囲に見えない壁を作りがちなところも、およそ親愛なる隣人には向かないだろう。自覚はしている。
だが、もっとも大きな原因は、わたしの両親があの《血濡れの研究》で摘発された重犯罪者だということだ。
おかげでクラスメイトからは遠巻きにされ、噂話の恰好の的になっている。
気がつけば身に覚えのない風聞がいくつも流れ、彼らから向けられるのは友愛ではなく、恐怖や敵意の視線ばかり。これで友人を作ろうと思うほうがどうかしている。
今日もまた、いつの間にやら透明インクで書かれた『犯罪者の娘は学校にくるな』という落書きを、机から消さなければならなかった。
ちっ、余計な手間をかけさせて。学校の備品なんだぞ。
勉学の場に一体なにをしにきているのかと呆れはてる。
お前らが嫌がらせにかまけている間、わたしは成績で置いていってやるからな。
……はあ、怒ったら腹が減ったな。カロリーを摂らねばやってられん。
わたしはさっさと荷物をまとめると、その足で食堂に向かった。早く行かねば、この時間帯はすぐ席が埋まってしまう。
いくら〈ソロモナリエ魔導学院〉の食堂が広くて立派とはいえ、生徒はさらに多いのだ。なにせ、国中の魔法使い・魔女の卵が集まってくる学び舎なのだから。
さて、どこか空いている席はないかな。
「おれ、この学校に入ってよかったよ。こんな立派な食堂でメシにありつけるなんて」
すれ違いざま、生徒らの会話が聞こえてくる。
ひとりの男子生徒がソーセージにかぶりつきながら、友人に熱弁していた。
「大げさだなぁ」
「おまえは貴族出身だから、このありがたみがわからないんだよ」
「貴族ったって、しがない田舎男爵の次男坊だぜ? たいして庶民と変わらないさ」
「そうじゃなきゃ、俺みたいな庶民と仲よくしてねーもんな」
「おいおい、この学院にいるうちは、貴族だろうが庶民だろうが立場は一緒だぜ?」
「建前上は、だろ」
ふん、と男子生徒は鼻を鳴らした。
「お貴族さまと違って、庶民の俺は緊張するのさ。ここ、元宮殿だぜ? それも、あの『勇者』さまが住んでたっていう」
「初代国王のアレクシス・グランディアスさま、な」
「そうそう。おれにとっちゃ、おとぎ話の中のお人だよ。そんな人と同じ空間にいるなんて、信じらんねぇって」
「あのな、おまえだって〈グランディア王国〉の国民のひとりなんだぞ。そのうえ、魔法使いとして選ばれてここにいるんだ。もっと堂々としてりゃいいさ……」
いい関係だな、とわたしは思わず緩みそうになった口もとを引きむすんだ。
わたしには、一生縁のない話だ。
別に寂しくはない。わたしはここに目的あってきているだけで、友だちを作りにきたわけではないのだから。
ようやく見つけた空席につく。
隣に座っていた女子生徒のグループは、わたしの顔を見るなりぎょっとして、そそくさとテーブルを離れてしまった。
ああ、こんなに食べ残して、もったいない。
孤児院で同じことをしたら、セラにどれほど説教されることか。
不快な気持ちで、プレースマットを広げる。
すると、たちまちおいしそうなごちそうが次々と現れた。
どういった原理かは不明だが、このプレースマットは魔導具で、広げるとできたての食事が厨房から送られてくる仕組みらしい。
高学年になって『魔導具学』の授業が始まれば、この魔導具の原理もわかるだろうか。
小麦の香ばしい匂いがする焼きたてのパンに、冷たいポタージュスープ、サラダをそえたローストチキン、デザートのカスタードプティング、そしてフルーツジュース。
およそ庶民が一生かかってもありつけない贅沢な食事が目の前に広がっている。
なにを隠そう、ここでは貴族と遜色ないメニューが提供されている。
この学院に通うということは、それだけの名誉なのだ。ある種の特権と言ってもいい。
貧しい庶民にとって、魔法の素養を認められて〈ソロモナリエ魔導学院〉に入学するというのは、誰もが夢みる立身出世物語なのだ。
そんな彼らが、こうして魔導士の卵たちが当たり前のように食べ残す姿を見たら、どう思うだろう?
いや、現にこの学院にいる庶民出身の生徒たちは、貴族出身連中の食事作法を、複雑そうな顔で見ている。
それでもなにも言わないのは、彼らのような庶民が少数派だからだ。魔力持ちは貴族に多い。
それに、貴族にとって食べ残しは、使用人への下げわたしだからな。彼らにとってはそれが当たり前、これもノブレス・オブリージュの一環というわけだ。
だが、そんな豪華な食事を前にして、「サラの作ったひよこ豆のスープが食べたい」と郷愁を覚えてしまうわたしもまた、贅沢に染まってしまったのかもしれないな。しっかりせねば。
静かに気合いを入れ直すわたしの横に、珍しく誰かが立った。
「やあ、イザベル嬢。ここ、いいかな?」
純朴そうな笑みを浮かべ、爽やかに言ってのけたのは、アレン・ヴァレンティアス。
わたしが一番苦手な男だった。
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