問題児どもとぼっちのわたし
ヴァレンティアスが今月に入って三度目の爆発事件を起こしたとき、わたしはいよいよヤツの息の根をとめてしまおうかどうか、真剣に悩んだ。
あいつが魔法薬学の授業中、魔力操作を誤って大釜を破裂させたのは、もはや両の手を使っても数え切れるものではなかったからだ。
聞きたくもないのに、彼らの会話がここまで届く。
「ちょっと、あなたたち! 沸騰させすぎないでとお伝えしたでしょ!?」
「す、すまない……」
「けどさ、しっかり火を通したほうがよくね?」
「やりすぎですわよ! あと、ブランデーも入れすぎですわ!」
「ちょっと、手が滑ってしまって」
「たくさん入れたほうが効果ありそうじゃん」
「それで炎上させた、と? フランベなら魔法生活術の授業でやってくださいまし!」
キンキンと高い声が頭に響いて、わたしは思わず耳を覆った。
ああ、あいかわらず、あの三馬鹿どもはやかましい。少しくらい静かに学ぶことはできないのだろうか?
飛んできた薬液が染みたローブを拭きとりながら、わたしはイライラと舌打ちした。
いくら黒いローブだからって、汚していいわけではない。これ一着でいくらすると思っているんだ。
「――素晴らしい。まさに『事故』の見本のような出来です」
爆発の余韻が残る中、パチパチと気だるげな拍手が聞こえてくる。
チェンバース教授は、まだ消えきらぬ煙を押しのけるように、ゆっくりと三馬鹿のもとへ歩いていった。
「ブランデーの量を感覚で調整した、と。なるほど、一流の料理人ならば、そのようなこともあるでしょう。君たちに調理師免許があるとは初耳でしたが」
痛烈な皮肉に、さしもの三馬鹿も押し黙った。
さすが、毒舌で有名な魔法薬学教授のエリオット・チェンバースだ。生徒の間でも『黒板より冷たい男』『しゃべる毒蛇』『無慈悲のチェンバース』とあだ名に事欠かないだけはある。
いいぞ、もっと言ってやってくれ。
「アレン・ヴァレンティアスくん。君は魔力の調節が苦手なようだが、せめて軽率の重さくらいは量れるようになってほしいものです」
「すみません……」
ヴァレンティアスが殊勝な態度で頭を下げる。
表情はしなびたマンドレイクのようなのに、その上に乗っている金髪が太陽のようにきらめいて、目にうるさい。
そのせいか反省しているポーズを取っていても、どこか鼻につく。
実際、ヤツは公爵家の三男坊なので、生まれながらの勝ち組だ。気に入らない。
「ジャック・クロフォードくん。混ぜる量を『多ければ効くだろう』という勘で決めるのは、せめて母親のスープ鍋にとどめておきなさい。魔法薬学の講義は料理教室ではない」
「……すんません」
クロフォードは服装もだらしなければ態度もだらしない。
アッシュブラウンの髪は、くせ毛なのか寝ぐせなのかわからないほど無造作だ。
いい加減さが手技にも表れている。
ああいう直情的なタイプは、わたしが最も苦手とするものだ。
「そして、エミリー・エヴェレット嬢。君の成績は学年で次席であったはずですが、この惨状はどうしたことです? 共同作業において、他ふたりの成績はあなたの成績でもあります。関係ないではすみませんよ」
「ごめんなさい、チェンバース先生……」
エヴェレットのメガネの奥で、ミントグリーンの瞳がうるんでいる。
特待生である彼女にとって、教授に叱られたことがよほどショックだったのだろう。
まあ、そう簡単に首席をあけ渡すつもりはないがな。伯爵家のご令嬢である彼女と違って、こちらは学費が切実なんだ。
「いいですか、みなさん。今回つくる薬は『炎症止めの薬』であって、『爆薬』ではない。いくら効力があっても、効能が違えば評価は差し上げられません。それを念頭において授業に挑むように」
チェンバース教授はどこか乾いた口調で生徒たちに注意したあと、
「ヴァレンティアスくん、薬液を浴びてしまいましたね? すぐに医務室へ行きなさい。この薬は課題としますので、どんなにわずかでも薬効のあるものを提出するように」
「はい。すみません、チェンバース先生」
と、淡々と指示した。
これまで幾度となく三馬鹿のやらかしで授業を中断させられているのに、よくもまあ苛立ちが態度に出ないものだと感心してしまう。――皮肉はポンポン飛び出しているが、これはまあ通常運転だしな。
チェンバース教授は、まだ二十代前半の年若い教師だ。やっかいな生徒を受けもってしまって不憫だと同情する気持ちがないわけではない。
だが、わたしに言わせてみれば、毎度こうやって爆発を未然に防げていない時点で、監督役としては無能である。
いや、それすらも“わざと”なのかもしれない。ヤツは放任主義というか、どこか「失敗から学べ」という方針であるように見える。巻きこまれるこちらはたまったものじゃないが。
だが、今回ばかりはいただけない。あの薬は放っておいたら大変なことになる。
わたしはため息をつきながら、医務室に向かうヴァレンティアスにすれ違いざま、思いきり肩をぶつけた。
「おっと、すまないな」
手にした魔法薬を、ヤツの頭から浴びせてやる。
よほど予想外だったのか、ヴァレンティアスはきょとんとしていた。
「おい、おまえ! 今のわざとだろ!?」
なにも言わないヴァレンティアスに代わって、ジャック・クロフォードが吠えた。
先ほどまでクロフォードと言いあっていたエミリー・エヴェレットも、こちらをにらみつけている。
それなのに、薬液を浴びせられた当の本人は、
「ジャック、いいんだ。おれがよく見てなかったのが悪い」
「けど、頭からぶっかけられたんだぜ!?」
「そうよ。薬が目に入ったら、どうするの?」
「おれが生みだした劇薬と違って、イザベル嬢の薬はちゃんと完成してたし、肌に触れても問題ないだろ」
なんて、こちらをかばいはじめる始末だ。
ちっ、お人よしめ。少しくらい怒ってもよさそうなものだが。
「イザベル・サントレア嬢。授業が終わったら、わたしのところに来なさい。……ヴァレンティアスくんは、医務室で適切な処置を受けてくるように」
チェンバース教授の静かな声が、教室に小さな緊張を走らせる。
抑揚のない声色なのに、なぜか耳に残るのは、あの皮肉交じりな物言いが、じわじわと後を引くからか。
わたしはため息を飲みこみ、ローブの裾を直しながら、そっとうなずいた。
まあ、説教は甘んじて受けよう。
正直なところ、今のはわざとだ。問題児という点では、わたしも彼の胃痛の種かもしれないからな。
クロフォードが舌を出しながら、
「ザマーミロ、性悪女め」
と、悪態をついているのが聞こえる。
やれやれ、嫌われたものだ。こちらとしても仲よくするつもりは微塵もないので、そのほうが都合がいいがな。
◇◇◇
授業のあと、無人の教室。
窓から射しこむ西日が、チェンバースの横顔を照らしている。
静かな室内に、トントンと彼が無言で資料を束ねる音だけが聞こえていた。
正直なところ、彼が生むこの時間が苦手だ。
いや、わたしだけではなく、多くの生徒が嫌がるところだろう。
このチェンバースというヤツは、こうして時折、話しはじめる前に黙りこむ悪癖があった。
おおかた考えをまとめているのだろうが、こちらとしては気まずいことこの上ない。
ようやく結論が出たのか、チェンバースは顔を上げるでもなく口を開いた。
「言いたいことは、理解できていますね?」
「薬剤の取り扱いを誤り、クラスメイトにかけてしまった点は、申し訳なかったと――」
「違います。そういう表面的な謝罪は結構。わたしが言いたいのは、あなたがああいった手段を取ったことについてです」
ようやく視線を向けてきたかと思えば、どこか色のない瞳が、こちらの魂の奥まで見透かしてくるかのようだった。
「応急処置としては悪くない。あの『炎症止めの薬』は、冷ます前に肌に触れると、かえって炎症を引き起こしますからね。それを頭からかぶったヴァレンティアスくんに、完成した薬液を浴びせて中和させたのは、実に適切な判断でした」
「…………なにをおっしゃっているか、わかりかねます」
わかっていたならおまえがやれよ、といういら立ちを抑えながら、わたしはうそぶいた。
チェンバースがうっすらと笑ったように見えたが、それすら本心かどうかわからないのが、この男の不気味なところだ。
「ですが、なにも言わずにいきなり薬をかけられたら、相手も驚くでしょう。あれじゃただの嫌がらせだ。あなただって、ムダに争いたくはないでしょう?」
「ですから、あれはただの事故です」
「人は理屈だけでは動かないのですよ。あなたのやり方は、いささか感情を無視しすぎるきらいがある」
わたしは賢明にも無言を貫いた。
『無慈悲のチェンバース』に言われたくはない。
そんなわたしの心情が伝わったか、チェンバースは片眉をあげた。
「信じていませんね? 患者の心情に配慮するのも、魔法薬剤師の仕事でね」
「机上での学問だけでは、現場で通用しない、と?」
「薬は人に使うものですからね。実のところ、わたしはそれがわずらわしくて教鞭を取った口でして」
「…………それは」
「ええ、冗談です」
冗談に聞こえないんだが。
「それに、そんなにあせって応急処置をしなくても、すぐに炎症を起こすわけじゃありません。医務室にいけば、モリス先生が適切な対処をしてくださったはずです」
「そうですか」
「どうもあなたは、自ら他人に嫌われにいっているようにしか見えないんですよ。もう少し大人に頼ることを覚えてほしいところですね」
頼る? バカバカしい。わたしは誰も信用しない。
目の前のチェンバースだって、どうせわたしを疑っているんだろう。こいつはいつだって目が笑っていないんだ。
そんなヤツに「頼れ」と言われたところで、ちっとも胸に響かない。
黙りこんだわたしを見てどう思ったか、チェンバース教授はすらりと長い足を組み、やれやれとため息をついた。
それすらもうさんくさい。
「とにかく。次はもう少し『協調性』というものを意識してみてください。あなたの言動は、どうも……集団生活に向いていない」
「心得ておきます」
「もう、行っていいですよ。次からは気をつけるように。ああ、後片付けを忘れないようにしてくださいね」
それは、あの三馬鹿に言ってくれ。
わたしはイライラと大釜を片づけながら、クラスメイトが散らかしていった薬液を拭きとるべく杖を振った。
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