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寒がりの短編集

空へ立ち昇る

作者: 寒がり

 私の心にカタチがあるとしたら、それは線香の煙のようなものなのだと思う。


 あの緑の線香の先の赤く熱した部分から立ち昇るそれは、なるほど、閉め切った誰もいない部屋では真っ直ぐに伸びてゆくだろう。

 あるいは風も音も光さえもない孤独な世界が可能なら、澄んだ空まで一筋の橋を渡って、とても軽い所に行けることだろう。

 悲しいことや辛いことが起こらないなどということが可能なら。


 そこから見れば、余りに弱い私を押し潰し、引き裂き、すり潰す質量の諸々が、小さく、軽く、透明で明るく見えるのかもしれない。軽いそれらがもっと軽く、空気のように思えるのかもしれない。

 実際、軽いのだと思う。昭和の人は平成の人より苦労したかもしれないし、大正の人は昭和の人より苦しんだかもしれない。明治維新に生きた人からすれば大正時代は平和だったかもしれない。

 縦に見なくとも、横に見ればやっぱり私を揺るがしているのは微風にすぎないと思う。


 そして、その軽さが、軽さにさえ揺るがされているということ自体が、苦しい。ちょっと力加減を間違えるとパキンと折れる線香の数万倍脆い、線香の煙のような弱い私がいっそ憎い。

 アパテイアでもニルヴァーナでも何でもいいから揺るぎないものが欲しい。けれど、そういうのは、どうやらもう随分、果てしない精進が要るみたいだ。


 結局、揺らめいて拡散しながらのたうち回り続けるしかないのだと思う。

 私より重たいものの下で歯を食い縛って生きている人々からすれば、酷く馬鹿馬鹿しいだろう。なんと大袈裟な物言いかと言いたくなることだろう。


 歯を食い縛る。歯を食い縛るということ。風に煽られても踏み止まるということ。踏みとどまって空へ伸び続け、空に至る。そういう強さを死ぬまでに得て、死ぬまで貫けるだろうか。


 たとえば、偉大な人が歯を食い縛って死んでいった。


 死ぬ人より送る人が苦しい道理はない。にも関わらず、膝を折ったのは送る側だった。

 その人は勝ち、私は負けた。負け続け、真っ直ぐに立ち昇ることをやめてしまった。

 一晩中焚き続けた線香が閉じ込められ、行き場を失って充満したあの部屋のような、雲が重たくなって落ちて来たみたいなのが今の私だ。


 孤独が可能なら線香の煙は真っ直ぐ立ち昇ることができる。それで空に至れるなら易いことなのかもしれない。

 ただ、それであの偉大な人と同じ空に行けるか?

 多分、否。

 

 線香は燃え続ける。煙が立ち込めても、いつかは壁の隙間から漏れ出して登っていくはずだ。

 風に阻まれても、その合間を縫って、空へ。彼と同じ所に。

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