8.少女と新しい生活
日が沈み切る前の夕暮れ時、鷲津家の屋敷ではなんだかバタバタと騒がしい音が聞こえる。
「のり婆、料理はこっちにおいてね!あっ、しげ爺!これを首からかけて!歓迎のお花の首飾り、全員分作ったから!」
一人の青年が何やらせわしく動き回っていた。
この青年の名は、「鷲津 隼人」鷲津家の長男であり、今年で二十一の歳になる。響と同様、美しい黒髪を持っているが、彼女とは違って所々柔らかそうなくせっ毛である。優しそうな声色に反して体格は実に逞しい。
「はいはい、隼人坊ちゃん。ちゃんとこちらにお料理置きますよ」
「私も、ほら。ちゃんと首からお花飾りかけました」
青年を優しい目でみつめるおじいさんとおばあさんは、長年鷲津家で働いてくれている使用人の二人である。
「あ~どうしよう。僕にも妹ができるんだよ!嬉しいな~!颯も来れたらよかったのにね」
隼人は首の花飾りを揺らしながらぴょこぴょこと小さく飛び跳ねる。話の内容から「颯」とは、鷲津家の次男であり、今日は都合が合わなかったということが読み取れる。
「坊ちゃん!来ましたぜ~!」
屋敷の門の上から見張りをしていた庭師の男が隼人に声をかけた。
「よし!じゃあ、みんな手筈どおりにね!」
そう言って、鷲津家は一致団結して怜を迎える体制に入った。
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「よし、着いたようだな。段差に気を付けて降りなさい」
鷲津はそう言ってさりげなく怜の手をとる。
「あ、あり、がとう、ございます」
片方の頬をぎこちなくつり上げて怜は礼を言った。まだ自分が優しく扱われることに慣れていないらしい。
「まずは、風呂に入ってそのあと、うまい飯でも食おうな」
そう良いながら屋敷の門を開けると、中から大きな声が響く。
「「「「「怜ちゃん!ようこそ鷲津家へ!!!!」」」」」
怜は驚いてびくりと肩を上げた。
門のそばには、子供からお年寄りまで様々な顔ぶれが何やら首に花飾りをかけて怜を歓迎していた。
「そらよっと!」
門の上からも声がして、頭上から美しい花びらが降ってくる。
「初めまして、怜ちゃん!僕は鷲津家の長男、鷲津 隼人って言います!あ、これ歓迎の花飾りね。この日のために作ったんだ」
そう言って満面の笑みの隼人は怜の首に花飾りをかけた。びっくりして固まっていると鷲津が「おいおい、怜が固まっているぞ」と優しい手刀を青年の頭にお見舞いする。
「わあ!そうだよね!びっくりさせちゃったよね。でも、嬉しくて……」
隼人は表情をころころと変えた。
「隼人坊ちゃん、私たちのことも紹介してくださいな!」
隼人の後ろから一人の年配の女性が顔を覗かせる。
「そうだね!こちらはのり婆、この家の様々な家事を手伝ってくれているよ。そしてこちらはしげ爺、この家を管理してくれているんだ!」
隼人がそう紹介すると、二人は「これからよろしくお願いしますね」と優しい笑顔を怜に送った。
「あと、門の上にいるのが二人の息子で、庭師のたかさん。その奥さんで、料理人のまりさん。その子どものたいくん!」
「家族全員で、鷲津家にお仕えさせていただいておりやす!」
そう言って日に焼けた中年の男性は、門からひょいと飛び降り、怜に近づいてきた。確かに目元が初老の夫婦に似ている。
一通り全員の紹介が終わったので自分も紹介せねばと口を開く。
「私は、鷲津様にお金で買われてここへ来ました、元 荻原家の怜と申します。以後どうぞよろしくお願いいたします」
まだ少し鷲津に一泡吹かされたことを根に持っていたので、自己紹介でチクリと刺すが、当の本人は、「がはは」と笑っている。
全員そのことは知らなかったらしく、一斉に鷲津家当主の方を見る。隼人は、「母上、初耳ですよ!」と鷲津家当主に詰め寄っている始末だ。
改めて隼人を見ると、母親の響とはあまり似ていないが、実に絵になる二人である。
響が人を寄せ付けない美しさだとすれば、隼人は逆に人を寄せ付けそうな美しさをしている。
(一花あたりが、黄色い悲鳴を上げそうな)
あまり人の外見に興味がない怜ですらそう思った。
「さ!怜も疲れているだろうし、まずは風呂だ風呂!その後皆で食卓を囲もう!」
鷲津がそう言った途端、先ほどまでざっくばらんに雑談していた皆が、てきぱきと自分の役割に戻り始めた。
「では怜様は、私共と参りましょうね」
こうしてのり婆とまりに案内されるまま、屋敷の中へ足を踏み入れた。
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