7.旅たちの少女
あの日が嘘であったかのようにいつもと同じ数日が過ぎ、あっという間に引き渡しの日となった。
まるで怜が荻原一族を追い出されることを祝福するかのように太陽はさんさんと輝いている。
そんな中、怜は何やら小さな風呂敷を胸に抱え、菜園の前で眉間にシワを寄せ考えにふけっていた。
(なんとかして菜園を持ち運べないものか…)
「せめて苗だけでも…」と本気で考えていたが、実験体として売られる身、鷲津の領地で自分が好きにできる土地が与えられる保証はない。
彼女の胸に抱かれた慎ましい一つの風呂敷は彼女が十五年間荻原で過ごして得たすべての荷物である数冊の本といくつかの小さな容器に分けられた土と種が入っていた。
その荷物の少なさは、いかに彼女が荻原で冷遇されていたかを物語るようで悲しくなる。
怜はその荷物を大切に抱え、正午の引き渡しの時刻に合わせて身を整えるべく父親に事前に指示されていた一室へと足を運んだ。荻原当主として、たとえ実験台だとしても娘をぼろぼろの身なりで送るのは先方に失礼だという心遣いだろう。
「着物を用意しておく」ということだったが、部屋に用意された小綺麗な着物はズタズタに切り裂かれており、とても着ていける状態にはない。
(これは考えるまでもない。一花だな)
怜は持ち前の頭脳を働かせることなく、難なく犯人にたどり着いた。しかし怜自身、身なりに興味があるわけでもないため、「むしろぼろぼろの身なりで登場して、荻原一族に恥をかかせてやろう」くらいの気持ちになるだけであった。
約束の時刻となり、怜は門の外へ向かうが荻原一族はついぞ誰一人として見送りに来ることはなかった。
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屋敷の門をくぐると、そこには先週会った人物――麗しの武人「鷲津 響」が仁王立ちして怜を待っており、怜の顔を見るや否や、
「さて、お前さんは私に買われた訳だが、何か言いたいことはあるかね?」
と嬉しそうに声をかけてきた。
――こうして、話は冒頭にもどる。
怜は晴れて御三家の一つ、大貴族の鷲津一族の唯一の長女として迎え入れられることになったのであった。
「さあ、早速だが我が屋敷へ向かおう」
そう言って鷲津は躊躇なく怜の汚れた手を取り、一見簡素だがつくりのしっかりとした馬車へ案内した。
自分は土だらけで、大貴族と同じ車内など乗っていいのだろうか。そう思い思わず尋ねる。
「えっと、私も同じ車内に乗っても良いのですか?」
「何を言っている、当たり前だろうが。怜、お前さんは私の娘なんだぞ」
そうか、家族とはそういうものなのか。と頭の中にある家族の記憶とはかけ離れた対応に戸惑う。
鷲津はさらに「段差に気をつけなさい」と怜を支えるように握った手に力を込めた。
二人は対面で座ることになった。何も言わずに進行方向に背を向ける席を取るあたり、鷲津の怜への気遣いが見て取れる。
やがて、鷲津は「そういえば」と口を開いた。
「先日の事件の件だが、怜の助言に沿って中指に傷のある者を探したところ、無事に犯人を見つけることができた。助かったよ、ありがとう」
「い、いえ。お力になれてう、嬉しい?です」
褒められ慣れていないため、しどろもどろになりながら何とか言葉を返す。
「因みに、ああした知識は一体どうやってつけたんだい?」
「ああ、それはあの人たちの捨てた本を拾って読んで身につけました」
怜はあっけらかんと答えた。
「あの人たちにとっては才力が何よりも重要で、その他には興味がないので」
私が住んでいた倉庫のあたりによく捨てられていましたので…と付け加えて。
「そうか、倉庫か……。怜よ、お前さんは家族に復讐を望むか?」
鷲津は少し悲しそうに眉毛を下げたと思ったら一瞬で真顔になり、怜の顔をまっすぐみて尋ねる。
「うーん、あまり興味がないです。あの人たちのことを考えるくらいなら土のことを考えたいと思っていますので……。あ、ただ、稽古と称して痛い目にあわされたのは忘れていません。いつかやり返したいと思っています」
――強がりでもなんでもなく、本心だった。
最初は確かに現実逃避だったかもしれない。
しかし、自分の好きなもののことだけを考えるようにしていたらそれが習慣となり、大貴族に見初められるほどの”飽くなき探求心と実行力”を手に入れた。
「わはは、それでこそ我が娘!お前さんが以前、望んだとおり、私たち家族が全力でお前さんの知識や経験の習得を支えてやるから、いつか一緒にお礼参りへいこうな!」
鷲津は嬉しそうに怜の肩を叩いた。
「あ、ちなみに私たちというのはだな、私にはお前さんのほかに息子が二人おってな。まだまだ未熟だが二人とも実にいい子たちだ」
もうすぐあえるから楽しみにしていなさい!と付け加え、「では、私はしばし睡眠をとる!」といって背もたれに背中を預けて眠ってしまった。
(自由な人だな~。そうか、私ももう自由なのか……)
屋敷についたら端の一角を借りられないか、鷲津様に頼んでみよう。なんだか感慨深い気持ちになりながら、少女も屋敷につくまで目を閉じることにした。
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