6.女当主、人間を買う
屋敷の客間に通された鷲須は、荻原の当主と一対一で今回の訪問の目的や、荻原一族の近況等について話していた、――というか荻原当主の話を一方的に聞かされていた。
「おかげさまで、最近の我が一族はますます繁栄しており……」
「ああ、そうか」
「我が次女の一花が実に優秀な娘でして、もしよろしければ鷲須様のご子息の方と……」
「ああ、そうなのか」
「……という状況でして、正直に申しますと最近資金繰りに困っております」
「ああ、そうだな」
鷲須は、途中から話半分で聞いていたため、ひたすら無難な相槌を打ち続けた。
これ以上聞いていても報告書以上の情報はないと判断した彼女は、「ところで」と質問を切り出した。
「報告書ではもう一人娘がいるということだったが、見ていないな」
「長女は、生まれつき身体が弱く、本日も部屋で寝込んでおります」
先ほどまで聞いてもいないことをペラペラと話してので、やけに短い回答が目立つ。
(もしかすると、その長女がこの術を展開しているのか?)
というのも鷲須は、この屋敷に入った瞬間から巧妙な土力の術を感じていた。
目には見えないが、空気中に漂う僅かな土埃から才力を感じる。
おそらくは、土埃の揺れを感知し、屋敷内の生き物の動きを把握しているのだろう。
――実に見事な術の使い方だ。
この日野ツ国では、才力が全てといっても過言ではない。そのため、恵まれた才力を持つものは、それに驕り、才力を単純な力としてしか捉えず、その真の価値を見出そうと努力するものは少ない。
鷲須は、その現状を昔からひどく嘆いていた。
(この術の使い手ならばもしや、私の長年の“夢”を叶えるのを支えてくれるかもしれない……)
だからこそ、使い手を見つけなければ!と鷲須は密かに意気込んだ。
「すまんが、お手洗いをお借りできるだろうか」
「もちろんでございます、使用人に案内させます」
「結構だ、自分で行けるゆえ、場所だけ教えていただけるか?」
彼女は、手のひらで制しながら即答してから部屋の外へ出る。
(念のため、土力の術者に私の居場所が感知されないようにしておくか……)
鷲須は自分の周辺に器用に風力をまとわせ、先ほど男から聞いた方向とは真逆の方向に迷いなく歩き始めた。
**********
そうしてしばらく屋敷の中をうろついていると、一人のびしょ濡れの少女が急いで廊下をかけているのを見つけた。
ここまでで会った荻原の一族とも使用人とも違う風貌が気になり思わず声をかける。
「お前さん、なんでそんなにびしょぬれなんだい?」
「ッッッッッ!」
異様なほど驚く少女をみて、鷲須は「当たりだ!」と直感した。
「ほう、その反応………。やはりこの術をかけているのはお前さんだね?」
興奮を抑えられず、一声も発しない少女にさらに質問を続ける。
「それにしても大した術だ。これは「土力」かな?お前さん、この屋敷の中であれば、誰がどこで何をしているかすべて把握しているのだろう?それに……、おっと、その前にそのままだと寒かろう」
(しまった、私としたことが。びしょ濡れの少女をそのままにしておくなど)
大人げない態度をとってしまったことを反省し、風力で少女を乾かしてあげる。
少し落ち着いた鷲須は改めて少女をみた。
身に着けている古びた着物にはところどころ土がつき、髪の毛も明らかに手入れがされていない。
長い前髪の隙間からわずかにのぞく切れ長の瞳は、何か後ろめたいことでもあるのか左右に揺れていた。
勘のいい鷲須は、少女が土力を使っていることを他人に知られたくないということを一瞬で悟った。
「なあに、他の者には言わないさ。そんなことよりもお前さん、土力を使って他にどんなことができるんだい?」
「い、いろいろでございます」
鷲須は嬉しくて、つい「いろいろかぁ」と反芻してしまう。
「ところで、お前さんは一体誰なんだい?名前は?土力の他にも才力があるのかな?その土力の知識はどこで……」
言い終わらないところで、背後から邪魔が入り、しぶしぶ先ほどの客間に戻ることになった。
**********
客間に戻った鷲津は、また荻原の当主がぺらぺらと薄っぺらい話しをし出す前に、自ら質問を切り出した。
「先ほどの娘は、お前の長女だろう?何故、病弱などと嘘をついた?」
「いえいえ、嘘ではございません。たまたま部屋から出ていたに過ぎません……」
「では、何故濡れていた?」
「不器用な娘ゆえ……」
男は歯切れ悪く答える。あまりにも粗末な言い訳に、鷲津はこれ以上質問するのをやめた。
(これでは宝の持ち腐れだ……もう一度だけ、彼女と話がしたい……)
鷲津は、荻原当主には適当なことを告げ部屋を出て、彼女の才力を探した。
もう一度少女と会話し、その才を目の当たりにした後の鷲津の行動は実に早かった。
少女を引き取ることを決意し、あれよあれよと荻原当主を説得して契約までこじつけた。
鷲津曰く、
「本当に大切なものを見極められん阿呆は、簡単に金になびく」
ということのようで、案の定、「怜を、金で買いたい」という鷲津の提案に荻原当主は飛びついた。
あたかも怜の価値は、「実験台でしかないのだ」と嘘をつくことで荻原当主が怜を手放すことを渋らないように手も回した。
(少女には、勘違いさせてしまうだろうな…。会ったら訂正をしよう)
鷲津は少女に申し訳ないと思う反面、頭の中は、彼女にしてあげたいことでいっぱいで、荻原一族に悟られぬよう、緩む口元を引き締めることで精いっぱいだった。
――鷲津の想定通り、怜を想っての優しい嘘は、その真意を知らぬ怜を深く傷つけてしまうことになったが、少女はまだ、自分が荻原を優に超える大貴族の令嬢となり、大切に扱われることになろうとは、夢にも思っていなかった。
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