4.少女と最悪の家族
次の日の朝、怜がいつものようにまき割りをしていたところ、例の“泡”が近づいてきた。
「役立たず、“稽古”をつけてあげるから、稽古場に来なさいな。三分以内に来れなければいつもよりうーんときつくするから」
キンキンと甲高い一花の声が響く。倉庫から稽古場までは、どれだけ急いだとしても五分以上はかかるた距離にあり、一花はそもそも怜に情けをかけるつもりなんてないのだ。
(はぁ…。これだけは嫌なんだよなぁ……)
どんな罵声や理不尽な言いつけをされても物ともしない怜の顔は、珍しく暗く沈んでいた。
「おま…たせっしました」
怜はぜいぜいと息を切らせながら一花の待つ稽古場に到着した。
「はーい、二分遅れ。つらーい稽古けってーい」
気色の悪い猫なで声でにやにやと一花は言った。
「というかお前、昨日この私を差し置いて、あの「鷲須様」とお話したそうね。お父様から聞いたわよ」
私は挨拶しかさせてもらえなかったのに!と、憎々しげに怜を睨みつける。
「同情でも引いて、取り入ろうとでもしたわけ?でも残念。鷲須家当主の響様は、そんな薄汚い手には乗らないわよ。かのお方はとっても厳しいことで有名なのだから」
一花は、ああ、こんな役立たずではなくて、私がお相手したかったなあ。と両手を組みながらつぶやいた。
(厳しい方…、のようには見えなかったけれど…。どちらかというと、豪胆の方が合いそうな)
一花から聞く鷲須様と昨日直接話した鷲須様の印象が異なり、怜は少しとまどった。
「まあどちらにせよ、私を差し置いた罪は重いわ。今日は私の「水力」でたっぷりいじ…稽古をつけてあげるから!」
そういうや否や一花は、すいかほどはありそうな水の塊を怜に向かって放った。
怜もとっさに土を放って対抗しようとしたが、わずかに持ち上がった土の塊は、地上から離れた途端に離散してしまった。
怜は、細かな粒子を飛ばしたり、土の性質を分析したり、といった繊細な土力の使い方は得意だったが、戦闘は苦手だった。
ただでさえ得意ではないのに、そもそも才力が三つも使える一花に、適うわけがない。
水の塊は怜の頭を包み込む。
「がはッッ…」
怜は必死にもがくも、その手はただ水を通り過ぎるだけである。
「きゃははは。苦しい?苦しいわよね。不細工な顔。こんな塊ほどの土も操れないなんてほんと落ちこぼれよねぇ」
そう言ってさも楽しそうに怜の苦しむ姿を見ていた。しばらくして少し飽きたのか、水の塊を解き、怜を解放した。
「ごほっ。はあ、はあ」
怜は地面に倒れこんで、必死に息を整える。
「はぁい、一回目終了~。おねえさま弱いから、これをあと五回くらいやりましょうね~」
稽古という名の完全な暴力であるが、怜は一花の機嫌が悪くなるたびにこれを強要されていた。家族や使用人もこの光景を見ているが、何も言わないどころか一花の才力を褒めそやした。
(ちょっとまずい、これ五回は本当に死ぬ…)
回らない頭で何とか策を考えようとしていたところ、背後から意外な声がかかった。
「一花、今日はそこまでにしなさい。皆に少し話があるので、そこの地面に転がっているお前も身なりを整えて付いてこい」
なんという風の吹き回しか、怜・一花の父親によって、この暴力は中断された。
怜を気遣う素振りは一切ないのが残念ではあるが……。
**********
大きめの広間に、怜、一花、父親、母親の四人が一堂に会した。
怜は入口の近くに立ち、それ以外の三人は、柔らかそうな座布団に着座している。
「まあ、お前びしょ濡れじゃないの。やだわ、あまり近づかないでくださる?」
急いで手拭いで髪を拭った努力のかい虚しく、早速母親は嫌味を言う。
お母様、そんなこと今はどうだっていいわ。と、せっかくの稽古を邪魔されて少しいらだっている一花は、早速父に要件を尋ねた。
「それでお父様、私たちを呼んだ理由は何でしょうか?」
ごほんともったいぶった咳をして、父親は話し始めた。
「知ってのとおり、荻原家の資金状況は現在あまり芳しくない。そのことを心配された御三家の鷲須様が先日、我が領地へいらっしゃった」
さすが御三家だ、と男は熱弁する。
(「荻原家の心配」ではなく、「貴族間の力関係が崩れることへの心配」だろうに……)
そもそも自分たちの無駄遣いが原因なのに、あまりにも都合の良すぎる解釈に怜は呆れた。
「で、だ。なんと、鷲須一族が我が荻原一族に金銭支援をしてくださることになった」
母親と一花が甲高い歓声を上げたが、父親が手で制して止める。
「ただし、その条件として、怜、お前を金で買いたいと申された」
(―――えっ?私? )
完全に他人事と思って話を聞いていたので、思わず目を丸くした。
「旦那様、少しお待ちください。鷲須様は、優秀な私の娘「一花」ではなく、役立たずの「怜」を所望されたのですか?」
鼻息荒く、母親が聞き返す。
一花も不服を前面に押し出した表情をしていた。
まあ、最後まで聞きなさい。と男は続ける。
「どうやら、鷲須家では表立って言えないような才力の人体実験をしているらしい。その辺の孤児を拾ってきてもよさそうなものだが、あまり都合よく才力を使える者がいないそうでな」
その点、うちのは腐っても貴族だからと付け加えた。
自分よりも"秀でているから姉が選ばれた"と思った一花は、それが勘違いと分かった途端に態度を変えた。
「まあ、素晴らしいじゃない!やっとおねえさまも荻原家に貢献できるのね」
「役立たずを捨ててお金が入るなんて夢のよう…。さすが鷲須様だわ」
母親も恍惚とした表情でそう言った。
(畜生、やっぱり貴族なんて嫌いだ)
怜は思わず両手の拳を強く握りしめた。昨日のやり取りから、鷲須に好感を持ち始めていた怜は、まるで裏切られたような気分だった。
「一週間後に引き取りにいらっしゃるようなので、それまでに準備をしておきなさい」
荻原の礎になれること、誇りに思いなさい。と男は血を分けたはずの実の娘にそう付け加えた。
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