30.婚約者事件 その八
隼人のこの動揺っぷりと、真っ赤に染まった耳を見て、怜は確信した。
「やはり、隼人兄様”も”璃々様に好意を抱いているのですね?」
「”も”って……。うん、そうだよ、僕はまだ彼女のことが忘れられない。でも、彼女は未来の王の后候補だ。僕にはどうすることも……」
隼人はだんだんと語尾を小さくしながら、ついぞ璃々への気持ちを認めた。
あの日の璃々の反応を見ても、まだ隼人のことが忘れられないことは一目瞭然だ。
せっかく互いが思いあっていて、周りもそれを認めていたというのに……。
第一王子のなんと邪魔なことか。
しかも、あろうことか、第一王子はもう一つの御三家、鳶坂の一花も婚約者候補として囲っている、このことを隼人は知っているのだろうか。
これまでこうした色恋の話に無縁だった怜は、どうすべきか分からず、黙り込んでしまった。
「でも、怜ちゃんはなんでそもそも璃々のところへ行ったの?」
「……あ~、それは……」
沈黙を破ったのは、隼人の鋭い質問だった。
この問いに回答するには、一花に脅されたことも、鳶坂も婚約者候補として後宮にいることも説明しなければならない。
しばらく頭の中で返答を迷ったが、聡い二人に嘘をついてもすぐにばれるだろう、と考え、何故後宮へ行くことになったのかの経緯もすべて話すことにした。
「チッ……! あの鳶坂の女……。」
横に座っている颯が、余所行きの笑顔を張り付けたまま、舌を打ってブツブツと呟いている。
表情と言葉があまりにもかけ離れているものだから、余計に恐ろしい。
「怜、すまない。私の配慮が足りなかったせいだ……」
「いえ、颯兄様のせいでは一切ございません。一花にやり返してくれたときは、正直私もスッとしましたし、今回は璃々様も助けてくださいましたし」
すぐに怒りを封じ込めて、怜の右手を大切そうに両手で包みながら、颯は頭を下げた。
颯に感謝の気持ちはあれど、責める気持ちなどこれっぽっちもない。
怜は、骨ばった大きな両手を握り返しながら、できる限りの笑顔を作って見せた。
「そうか……。怜、兄上、私は所用を思い出したため、中座させていただきます」
颯は何かを決意したようで、立ち上がって颯爽と部屋を出て行ってしまった。
(所用って! いやいや、絶対何かするつもりでしょ!)
思わず心の中で一人突っ込む。
颯の仕返しなど、考えただけでも恐ろしい。
「ふふふ、颯も変わったなぁ。昔は感情をあまり出さない子だったのに」
隼人は、微笑ましそうに颯が出て行った襖を見つめて言った。
怜と隼人は、得体の知れない花と二人部屋に残される形となった。
「あまり、驚かないのですね…」
「ああ、他に后の婚約者候補がいたこと? そうだね、これまでの歴史を見ても、王は后を何人も持つことが多かったから、ある程度は覚悟していたよ」
「……そうですか」
余計な質問をしてしまったかもしれない。
隼人が無理して笑顔を作っていることは一目でわかる。
「僕はさ、璃々が不自由なく、幸せに暮らせれば、それでいいんだ。だから、この花の謎を絶対に解き明かしてあげたい。怜ちゃん、手伝ってくれる?」
「もちろんです」
(隼人兄様と一緒になる、それが璃々様の幸せなのでは)
頭の中に浮かんだ考えをかき消して、即答した。
怜はあくまでも第三者なのだ。当事者がそれで納得しているのであればとやかく言うことはできない。
やっとできる隼人への恩返し、怜にできることは全力でこたえることだけだ。
「ありがとう。それじゃあ、まずは情報収集だね。たかさんを探しに行こうか! 庭にいるかな~」
「何故、たかさんに?」
たかさんは、鷲津家の庭師だったはずだ。
庭師であれば、植物に詳しいからだろうか。
「あれ、そういえば知らなかったっけ? たかさんは鷲津家の庭師兼、情報屋なんだよ」
「え!!!???」
確かにたまに屋敷にいないなとは思っていたが、まさか情報収集中だったとは…。
「うちの使用人たちはみんなすっごく優秀だからね」
みんな、ということは他の面々もそれぞれ何か強みがあるのだろうが、それはおいおい聞くことにして、怜は隼人の後について庭へ向かった。
**********
「たかさ~ん!」
「おっ! 隼人坊ちゃん! お嬢様もお揃いで。どうかしやしたか?」
庭へ出てすぐに庭師を見つけることができた。屋敷の門から玄関へ続く生垣を剪定鋏を使って整えている。
剪定の腕もかなりのもののようで、剪定済みの生垣は、一部の隙もなくぴったりと切りそろえられていた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだ。この花、見たことあるかな?」
「う~む……。長いこと庭師もやらせていただいていやすが、見たことないですね」
庭師の男は興味深そうに、花弁を一枚持ち上げながら、じっくりと花を観察している。
「そっかぁ、たかさんですら知らないとなると、この地域では咲かない花ってことだね」
「あっしの方で情報を集めることはできやすが、地域からの特定となると、少しお時間いただきやす」
「あっ、あの! 少しいいでしょうか?」
先ほどから会話に入る隙を伺っていた怜が手をあげる。
「実は、昨日その土を鑑定してみたのところ、多くは王宮の土と同じものだったのですが、わずかに花の根元に異なる成分の土が付着していました」
「おお! 地域さえ分かれば、ずっと速く情報を集められますぜ!」
怜は、こほんと小さく咳をして話を続けた。
「どうやら、その土は、隣国のもののようです」
二人の男はわずかに目を開き、顔を見合わせた。
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