1.土まみれの少女
(うん、やはり”し尿”は処理方法次第でいい肥料になるのは間違いなさそう…)
ある立派なお屋敷の端の端、わざと隠されたような日の当たらない場所で、一人の少女が土を手に取り、何やら満足げな顔をしていた。
その少女は体のあちらこちらに土を付けており、服装もみすぼらしい。どこからどう見ても、屋敷の下働きにしか見えないその少女の名は「荻原 怜」といった。この屋敷の所有者である有所正しき伯爵家の長女である。
本来このような下働きをしている身分ではないのだが、実際の彼女はこうして日に陰った場所で屋敷のし尿処理をさせられていた。
その顔は絶望に沈んでいるかと思いきや、存外彼女の顔は暗くない。
(ふふふ、これでまた私の菜園が潤う)
などと実にたくましいことを考えていた。
すると、どこからともなく一つの泡のようなものがふわふわと怜のもとに近づき、ぱちんとはじけた。
中からは耳障りな甲高い女の声が響く。
「ねえ、役立たず!さっきお水を持ってきてって頼んだわよね?そんなこともできないの!?早く持ってきなさいよ!」
―――声の主は、「荻原 一花」。怜とは一歳違いの妹である。
実の姉妹でありながら、姉である怜のことをまるで使用人、時には使用人以下のように扱っていた。
(残念、せっかく次は土の温度を少し変えて試してみたかったのに……)
理不尽な罵倒をものともせず、怜は顔についた土を袖で拭い、台所へ水を取りに向かった。
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怜が一花のもとに水をもってかけつけた際、彼女は豪華な部屋の真ん中で使用人に肩をもませてくつろいでいた。
「水を持ってくるだけでどれだけ時間がかかるのかしら?本当に役立たずね」
派手な着物に身を包み、手入れの行き届いた薄い青色の髪をかき上げながら、大きな瞳で怜をにらみつけた。
対照的に、所々に土を付けた怜は、切れ長な目を伏せただ床を見つめていた。雑に束ねられた甘栗色のまっすぐな髪は汗で少し濡れている。
二人の姿はあまりにも似ておらず、どこからどう見ても姉妹には見えない。
一花がくいっと指を上げると、怜が手に持っていた水差しの中から水が勝手に宙に浮き、怜の頭の上から降り注いだ。
「そんな汚い水、私が飲めるわけないでしょ?大体お前、匂うわ。ちょうどいいからその水で体でも洗いなさいな」
一花は、どう?私、優しいでしょ?と周りの使用人に反応を求めている。
「その通りでございます」
「さすが一花様」
などと傍に控えた使用人たちが我先にと口を開いた。
毎度恒例の茶番がひとしきり終わった後、更に気が大きくなった一花は怜に言い放つ。
「ほんと、惨めなおねえさま。たった一つの才力しか使えないばかりか、よりにもよって「土力」のみなんて………。近づくだけで運気が下がりそう。もういいわ、早く消えて頂戴」
一花は自分から呼びつけたにもかかわらず、まるで害虫を見るかのように手でしっしっと追い払う素振りをした。
「はい、失礼いたします」
怜は、口答えせずに、両膝を床につき、両手で襖をそっと閉めた。その表情は、心なしか緊張しているように見える。
襖を閉め、周りに誰もいないことを確認した怜は、勢いよく立ち上がった。
(は~っ、さっき台所で少しくすねた塩、ばれなくて良かった…。最近、塩が栽培に良いって書物で読んだばかりだから、一刻も早く試したい!)
………などと考えていたなど、誰も想像できまい。