ある日の私の放課後
不定期で更新していきます。
宜しくお願い致します。
ここは、小高い丘にある大稲荷神社。
本殿までの道のりに91基の鳥居が並び、心地良い風が吹き抜けていく。
「お姉ちゃんこっち終わったよ~!」
弟の紺は91基の鳥居が階段状に連なっている所のはわき掃除をしていた。
私こと神石蒼は鳥居を拭いたり、蜘蛛の巣を箒で取ったりで、遅れていた。
「先行ってて!ちゃんと手洗いするんよ!」
そう言うと、紺は
「分かってる!お姉ちゃんこそ1人話しすんなよ!そろそろ、ライトアップして参拝客が来るんやからな!」
そそくさと階段を駆け上がって行ってしまった。
(全く口が減らないな〜、ハァ~。)
心の声が漏れそうになる。
そういえば、もうすぐ5時になる。ここ大稲荷神社では91基ある鳥居をライトアップして参拝客をおもてなししているのだ。その結果、最近ではSNS映えとかで若い参拝客さんも増えて来た。
(私達がこの参道を掃除してるんですよ!)
鳥居をくぐり抜けながら、心の中で宣言する。
ふと前を見ると、狐面を顔にはめた紅と白の装束を着た女性が立っている。
一瞬、心臓がドキッ!と跳ねる。
「そのお面やめてって言ったよね?寿命が縮むじゃん!」
女性はそっとお面を外し、微笑みかける。
「これ、蒼がお祭りの時に私にってプレゼントしてくれたもんやろ~。」
「それ何年前の話〜」
(今も大事に持ってるんだ。)
私は嬉しい気持ちになる。
この女性は大稲荷神社に仕え、各地の支社を束ねる大眷属 “稲魂”《うかのみたま》である。
私は常日頃から ”イネちゃん” と親しみを込めて呼んでいる。
そう、私には視えるのである。
イネちゃんのような大眷属から神獣、神様まで本当に視えるのである。
しかし、この ”神眼” と呼ばれる能力は紺や他の家族には無く、私にしか備わっていないのである。7歳の頃に祖母から聞いたお話しだと、神社に満ち溢れている”気”に当てられ視えることがあると自伝みたいな巻物を広げられ、小一時間お話ししたのを覚えている。内容はほとんど覚えていないが。
とにかくこの能力は、祖母の「神社の娘にはよくある事!」の一言で片付けられ、今に至る。紺にとっては、格好のイジリがいのあるものになってしまっているが。
「本当にこの眼に幽霊や妖怪を視る力が無くて良かった~!イネちゃんには視えてるんだよね?」
イネちゃんと一緒に階段を上がりながら、聞いてみる。
するとイネちゃんが両手をパチンと合わせると、階段の左右にある傾斜の所にポツポツと光が灯り始めた。
「そうよ~。だからこうして、蒼や家族、参拝客の方を守るために眷属を朝方まで出して監視してもらってるんよ~。」
眷属と呼ばれる子狐たちがあくびをしたり、後ろ足で頭を掻いたりとまるで子犬のような行動を取る姿を見ていつも癒されている。
(今日も可愛いなぁ。うちの弟にもこの可愛さがあってもいいものだが…)
階段を登っていると2匹の子狐が近寄ってきた。1匹は毛が真っ白で綿あめのようにモフモフしている。もう1匹は柴犬のように背中が茶色で、首筋からお腹にかけて白色が際立っている。
「あー!蒼ちゃんだー!なでなでしてー!」
真っ白い子が言うと、お決まりのようにもう1匹も
「僕も!僕も!」
と2匹共に足にしがみついてきた。
「わー!順番にしてあげるから!」
私は、真っ白い子を抱えなでなでする。
すると、犬並みに聴覚が鋭い子狐たちが一斉に近寄ってくる。辺り一面モフモフだ。
見兼ねたイネちゃんが助け船を出す。
「コラー!持ち場に戻りー!神様に言うでー!」
人間ではありえないが、眷属界でのこの神様という言葉の威力は段違いである。
(社会で例えるならイネちゃんがこの子らの上司になる訳だから、神様はどの立ち位置だろうか?社長?それとも、会長?オーナーとか?)
そんなことを考えている合間に、子狐たちは自身の持ち場に戻っていた。
「蒼、いつも言うてるやろ。この子たちはまだまだ修行中やって。甘やかすのは程々にな~」
「分かってるよ。でも、あのモフモフ見たら抗えないよー!」
私とイネちゃんがケラケラ笑い合いながら階段を登りきると、すぐ目の前に真っ赤な鳥居と本殿がありその奥に自分たちが住んでいる家がある。
(今日の晩御飯は何だろう?今日も良く働いたし、ガッツリ系がいいな!)
私は社務所により掃除道具を片付け、晩ご飯の事を考えながら玄関の戸を開けた。
「ただいまー!」
「おかえり!」
母親と弟、祖母のごちゃまぜのおかえりと言う言葉が返ってくる。いつも通りだ。
「また明日、イネちゃん!」
「また明日な~、遅刻せんようにな~」
ここでイネちゃんとは、お別れである。最近、家に上がろうとしないのだ。何かと理由を付けられ避けられてしまう。大眷属にも悩みごとがあるのだろうか?
家まで送ってもらうと、イネちゃんは闇夜に消えてしまった。
「蒼ー、手洗った?ご飯にするよ!」
台所から母親の呼ぶ声が聞こえてきた。
「今から洗うー!今日のご飯何ー?」
「お姉ちゃん!今日はね、豚丼だよ!」
私は手を洗いながら、思い通りのガッツリ系だったことに ”よし” とガッツポーズをした。
手を洗い終え席に着き、さぁ食べようかと頂きますと言おうとした時、母親から
「明日、私遅くなりそうだから夕飯お願いね」
「えーーーーー!はぁ~分かった、いただきます」
私のテンションはジェットコースターのように急降下してしまった。先日、お好み焼きを焦がした苦い記憶が蘇ってくる。
「お姉ちゃん! 俺が手伝ってやるよ!」
空かさず、紺がニヤニヤしながら言ってくる。私も負けじと速攻で返す。
「いや、あんたは何もしないでしょ!」
「二人ともお願いね」
母親が呆れたように紺や私に視線を送りながら言う。
二人で「はーい」と曖昧な返事をし、私は豚丼を頬張る。
母親は地元の市役所勤務で遅くなる日は、事前に晩ご飯を作るようにと伝えてくる。父親は東京に単身赴任中。祖母は祖父が他界した現在は、一人でここ大稲荷神社を切り盛りしている。普段は社務所に居ながら、お手製のお守りを作ったりしている。
晩ご飯を食べ終え、お風呂に入り、学校の課題をする為に自室に戻った。
「はぁ~、やっと課題終わった~」
時計の針は22時を過ぎていた。今日は鳥居を掃除したので、いつも以上に疲れた気がする。
(早く寝よ。明日も学校だし。それにしても、イネちゃんは何に悩んでいるんだろう… 子狐たちに聞いてみるか。)
そんなことを考えながら、寝床についた。
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