どうせないなら
【ツクモダン】
「…う…ふぁぁ…」
咲卦穂は目覚めるとカーテンに囲まれていた。
ここは…病院だろうか。
「おはようございます天野さん。」
看護師がカーテンを開けて現れた。
「そろそろお目覚めになるかと思いましたので。」
「…私…どうしたんですか?」
「もう酷い怪我でした。治ってるのが奇跡的なくらいに。」
咲卦穂は自身の体を見てみるが、いくつかの手術痕があるだけで、戦闘機との戦いで負った記憶のある怪我はもう無くなっていた。
銃創以外は。
「…えー…私どれくらい寝てました?」
「いー…1週間くらいですかね。」
1週間⁈
「いつ退院できますか?」
「んー…あと1ヶ月は確実かな…」
「…そうですか…」
「あ!そういえば、目が覚めたら呼んでくれって頼まれてたので、呼びますね。」
「え、誰を?」
「よぅ。大丈夫か?」
梶田だ。
「まぁ…なんとか…」
「すごいね。生命力。まるでゴキb…
もはや何しても死ななそうだな。」
「今ゴキブリって言おうとした?」
「え?…あー…ゴホン…
まず謝らなきゃ。こうなったのは俺の力不足のせいだ。ごめん!」
たしかに梶田は咲卦穂を助けに入ってくれたが、戦闘機に歯が立たなかった。
「いやいや…そもそも私が屋上に行ったのが悪いし…ていうか、梶田は大丈夫だったんだ。怪我。」
踵落としをされてから2階から落とされたはずだ。
「あぁ。まぁ。当たりどころがよかったというかなんというか…そんなに重症化しなそうな感じだって。まぁ…まだ頭痛えけど。」
「んで…誤りに来てくれただけ?」
「え?」
「他に何か用があるんじゃないの?」
「お、鋭い。実はな。入院中暇だろうからこんな物を持って来た。」
梶田は本や資料をいくつかカバンから取り出した。
「まぁ…ツクモに襲われた直後にツクモの情報をみたいかはわからないけど一応持って来た。」
「ありがと。たしかに入院中暇そうだし…」
梶田は笑う。
「ハハハ…発言が完全に猛者だな。
普通ならツクモに怯えたりしてまともに喋れるかも怪しくなるのに。」
「…ツクモより人の方が怖い。」
「あの戦闘機のツクモはなんか…別のツクモに倒されたってよ。」
「いいね。そのツクモとお友達になりたい。」
その別のツクモというのは咲卦穂かアカのことだろう。
あの学校には監視カメラなどがなかったようだ。
「そしてさ、そんな強い心の持ち主の天野にはこんな物を用意してみた。」
梶田はカバンから冊子を取り出した。
「これ…なに?」
「とりあえず読んでみ。」
国家神鎮師資格の取得と、
神鎮隊への入隊志願について。
「んー…は?」
「いや…なんか、天野って、負けっぱなしが嫌いそうだから…」
「え?」
「俺は神鎮師だって言ったろ?覚えてるか?」
「うん。」
「その…ほら。俺と一緒にツクモ倒そうぜって。」
「…」
神鎮隊。
多くの神鎮師が所属する公的機関だ。
募集内容は国家神鎮師資格を持っていることと、中学生以上であること。
「俺が資格を取るための試験勉強のこととか実技のこととか教えるから。
まぁ…考えておいてくれると嬉しい。」
「…うん。」
「あ、俺もう行かないと。また来るわ!」
そんな急に言われても…
梶田は去っていった。
「入るんすか?」
「うわっ‼︎」
アカが背後に現れた。
「んー…どうだろうね…」
「ま、パイセンがツクモだってバレる可能性はあるかもしんないっすけど。いやいっそのことバレてもいいんじゃないっすか?」
アカは窓から外を見つめる。
「え?」
「別に神鎮師の中にもツクモ飼ってる奴らはいるっぽいんで。ツクモだからって無条件に殺されるわけじゃないと思いますよ。」
「そうなの?」
「しっかり味方する態度を示せば問題ないっすよ。きっと。」
アカは咲卦穂の横に置いてあった梨を齧る。
「うん…でもな…半ツクモ人間だとバレると今までのように戦えなくて。人を助けたりしなきゃならない。」
「あー…でも、咲卦穂パイセンは半分は人間なんで、あの黒い陰みたいなやつも使えるようになれるかもしんないすよ。」
咲卦穂はアカから梨を奪い返して齧る。
「あぁ…あれね…あれ…覚えるのめんどくさそう。でも、覚えておいて損はなさそうだね。」
「嫌だったらすぐ退職しましょ。それでいいんじゃないっすか?」
アカは咲卦穂から梨を再度奪って齧る。
「まぁ…前向きに検討するよ…」
咲卦穂はアカを叩く。
「私の梨奪うなよ。」
「す、すんません…」
1ヶ月後…
「ねぇねぇ。アカが釘たちのリーダーなの?
というか他の釘たちをあんまり見ない…」
「いや、リーダーっていうか、パシリっていうか…他の奴ら怖いんすもん…」
シャッ!
カーテンが開く。
アカは咄嗟に釘状態になり、隠れた。
「天野さん。またあの人が来ましたよ。お通ししてもいいですか?」
「はい。」
「よっ。そろそろ完治したか?」
「うん…まぁまぁかな。」
「明日退院だって聞いたんで来てみたけど。
あの話考えてくれたか?」
咲卦穂は俯く。
「…私が入っても居場所なんてないかなって。ほら、私は人に嫌われやすいみたいだし、上司に逆らうとクビになるかもだから、嫌われたらただいじめられるだけ。」
「…今までそうだったのか?」
咲卦穂は俯いたままだ。
「嫌われやすいなんてことはないよ。
現に俺はお前が嫌いじゃない。居場所がないなんて…」
「ないんだよ。私は人の輪に入るべき人間じゃない。社会不適合なんだよ。学校に馴染めないんじゃどこ行っても一緒。」
「わかったわかった。
どうせないなら来いよ。どこにも居場所がないってことはどこ行ってもいいってことだよ。」
「…綺麗事を…」
「へへ…まぁ、どうしてもダメならやめればいい。来いよ。」
アカと同じようなことを言っている。
「…わかった。梶田が手伝ってくれるんでしょ?」
「おう。」
「天野!神鎮師になるには基礎体力が必要だ!病み上がりできついかもだけど、ランニングだ!」
「…わ、わかった。」
中学の前、駅の前、デパートの前、住宅街、博物館の前、競技場の前、電波塔の前…
街を1周した。
「ハァ…ハァ…もう…無理…」
「頑張れ!もう1周!」
「はぁ?マジでもう…」
「アァァ…死ぬ…」
「…ハァ…ちょっと休憩すっか。」
2人は駅前の喫茶店へ行く。
「アイスコーヒーで!」
「俺も同じので。」
「何…体鍛えるだけ?」
「今日はな。次からは試験勉強もするぞ。」
「…了解。試験はいつなの?」
「今日は9月2日…9月30日がテストだ。」
「え?1ヶ月でイケる?」
「余裕余裕。今、国は人手不足で困ってるから試験問題も多分簡単になってる。
俺、去年実技は別として、
知識は1週間勉強漬けで試験受けたけど余裕だったぜ。」
「実技が不安なんだよ。」
「アイスコーヒーでございます。」
咲卦穂はアイスコーヒーをゴクゴクと飲み始める。
カタカタカタカタ…
ガシャァァァン!!
「は⁈」
突如としてツクモが現れ、咲卦穂を殴った。
咲卦穂は店の外へと吹き飛ばされた。
咄嗟に受身を取って衝撃を軽減する。
コーヒーカップのツクモのようだ。
「天野!」
『仮陰剣!』
梶田の周囲に黒い剣が現れる。
「突け!」
梶田の命令で剣はコーヒーカップへと飛んでいき、突き刺した。
パリン!
コーヒーカップは砕けた。
「…え?もう倒せたのか?
……あ!天野!」
梶田は咲卦穂の元へ駆け寄る。
「イッテェェェ…」
「すげぇ対応力だな…あの場で受身を取れるなんて…」
「えぇ…それはわたくしも同感ですわ。
中々の強敵でございます。」
なんと割れたコーヒーのカケラが集合して、
ドレスを着た女性のような姿になった。
「ツクモ…まだ生きてたか…」
「ではお2人まとめてわたくしと勝負致しましょう。」
「やってやるよ!」
『仮陰剣!』
「斬れ!」
スパッ!
コーヒーカップは真っ二つになった。
しかし、再び集合し、女性の形に戻った。
「無駄です。わたくしはコーヒーカップのカケラで身体が構成されております。ゆえに単純な物理攻撃は通ることはないのです。」
「嘘だろ…」
咲卦穂はひとまず周りの客を逃した。
「梶田!私に戦い方を教えてよ!」
「待て!こいつちょっと厄介かも。俺らじゃ勝てないかもしんねぇぞ!」
「いいからその…剣出すやつとか教えてよ!」
「…自分の大事な物を出来る限り正確に思い浮かべろ!」
[人の思いからツクモは生まれる。
様々な人や出来事の記憶が物に刻まれてツクモは誕生する。負の感情なども含めて。]
「形!大きさ!その物に対する思い!」
[ツクモが現れ始めたと同時に人間もその対抗手段を手に入れた。]
「…えぇ?じゃあ…私の…ベッド!」
今は祖母と暮らしている咲卦穂が、
初めて祖母に買ってもらった物。
[記憶を具現化することで、ツクモと戦う。
それこそが、神鎮師。]
黒いモヤが咲卦穂の背後に現れる。
「もっとはっきりと!もっと具体的に!」
梶田は仮陰剣と仮陰盾でコーヒーカップの攻撃を防ぎつつ咲卦穂に声をかける。
「これが私の…ベッドだ!」
黒いモヤが完全にベッドの形に変化した。
「命令しろ!」
「ベ…黒ベッド!潰せ!」
黒いベッドはコーヒーカップの頭上に転移し、コーヒーカップを押し潰した。
ジャリジャリシャリ…
しかし、まだコーヒーカップは物に戻る様子はない。
再び女性の形に戻った。
「なるほど…神鎮師になるための特訓中ですか…」
コーヒーカップは手からコーヒーを出した。
そして少し飲む。
「悪くない攻撃でしたが、私はあなた方が普通目にするツクモとは少々形が異なるので有効ではありませんね。」
咲卦穂は梶田に尋ねる。
「形が異なるってどういうこと?」
「…二式か…」
「二式?」
「あぁ。会ったことなかったからすっかり忘れていたけど…ツクモには2つの型があって、俺たちがいつも見るのは一式。
物自体が変形して人や動物のような形になる。対して二式は物への思念が具現化したようなツクモだ。」
「それどういう意味?」
「わたくしが説明して差し上げましょう。
わたくしはフェアな戦いを望みますから。
わたくしたち二式は思念からできているという性質上、あらゆる攻撃を無効化することができます。ではどのようにすれば倒せるのでしょう。それは簡単。コアを破壊すれば良いのです。わたくしの場合はコーヒーカップ本体ということになります。」
「…じゃあその本体探せば私の勝ちなの?」
「えぇ。その通りです。」
「二式なんてそうそういないぞ。
こりゃ厄介だな…」
梶田がそう言っている間にもう咲卦穂は喫茶店に向かって走り始めていた。
咲卦穂は喫茶店の棚にあるコーヒーカップを手当たり次第に割っていく。
咲卦穂の手に飛び散った破片が突き刺さるが、お構いなしだ。
「お、おい!それ普通に器物損壊だぞ!」
「ツクモのせいにすればいい!」
「えぇ…」
梶田は時間稼ぎをする。
全て割り切ったが、コーヒーカップのツクモが消滅する様子はない。
「もしかして、なかったか?」
「ない!」
この広い街…いやもしかしたら国中を探し回らなくてはならないのか?
「わたくしはフェアなので教えてあげます。
コアからは半径2kmしか離れることはできません。つまり、可能性としてはここから半径4kmの範囲のどこかに私のコアがあるということになります。」
無理だろ。
「か…梶田、どうしよ。」
「上の階級の神鎮師を呼ぶしかないな…」
梶田はスマートフォンを出す。
「させません。」
コーヒーカップはスマートフォンに大量のコーヒーをぶっかけた。
「アァァァァァ!俺のスマホォォォ!」
「梶田ぁぁぁ!どーすんだ!」
「そのうち来るよ!うん。きっと。
そのうち騒ぎを聞きつけて!」
「……」
「ではそろそろわたくしのターンでよろしいでしょうか。」
再びコーヒーカップはコーヒーを飲む。
すると、先程咲卦穂が砕いたコーヒーカップのカケラが浮き上がり始めた。
「カケラも集まれば立派な剣になります。」
カケラが集合し、ロングソードのような形になった。
「そして、身を守る鎧にも。」
ロングソードに使わなかったカケラはコーヒーカップの身体に集まり、西洋鎧のようになった。
「わたくしは…
我が名はシュヴァリ・エカフェ!!
コーヒーカップのツクモだ!」
コーヒーカップは名乗り始めた。
「お前…名前あったのか⁈」
梶田は驚き身構えた。
「じ、じゃあ…シュヴァリ・エカフェ!
私と勝負しよう!」
「あっ…」
梶田は戦慄する。
「天野…ツクモはな…名前を持つと記憶との結びつきが強固になって、より強くなるんだ…」
「え?でもあいつもう名乗った…」
「名前の条件は、現在解明されてる限りは…“人間1人以上にその名を認められること”だ!」
「ってことは今私…」
「認めたな…」
コーヒーカップ…
改め、シュヴァリの背中からはソーサーが集合したような翼が生えた。
「あぁ…なんていい気分なのでしょう…
今ならなんでもできる気がしますわ!」
天から大量のコーヒーが光の柱の如く降って来た。
建物が潰されるほどの。
咲卦穂たちの元にも雨のようにコーヒーが降り注ぐ。
「梶田…これ相当不味いんじゃ…
味のことではないよ?」
「わかってる。かなり不味い。
……味は美味い。きっとモカだな…」
「さぁ…選ぶのです…
永遠の眠りか、永遠の不眠か!」
コーヒーが収束し、ビームのように打ち出された。
「天野避けろ!」
ドガァァァン!
地面に大きな穴が開く。
「はぁ?コーヒーで地面が…?」
「天野。聞いてくれ。
まだ上の階級の神鎮師は来ない。
でも、一般人も多く被害に遭うだろう。
だから俺は時間稼ぎをする。
天野はこの前の資料に書かれている場所へ行くんだ!」
「か、梶田⁈」
『仮陰盾』
『仮陰剣』
梶田は剣と盾を装備する。
「おぉぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
盾でコーヒーのビームを防ぎながら
シュヴァリに向かって突き進んでいく。
「逃げるなんてできない!
だから私は!コアを探しにいく!」
咲卦穂は当てもなく走り始めた。