夢
【ツクモダン】
咲卦穂は何もない道を歩いていた。
「誰か。いる?」
声が響くのみで、何も起こらない。
少し進むと、咲卦穂の様々な記憶が目の前に浮かび上がってきた。
公園で走ったり、美味しいものを食べたり、
山の中を1人で歩いたり、河川敷で蹴られたり…
「これは…走馬灯なのかな…」
咲卦穂は誰もいないことへの寂しさについ、口が動いてしまう。
咲卦穂の人生、薄いといえば薄い。
いくつかの地点が濃かっただけで、全体としての濃度はとても低い。
「ねぇ。」
背後から誰かが話しかけてきた。
「誰?」
咲卦穂が振り向くと、そこには咲卦穂にそっくりな人物が立っていた。
「…誰?」
「わたしは…“さかほ”だよ。」
咲卦穂そっくりな人物は幼い口調でさかほと名乗った。
「ここはどこで、なんで咲卦穂なの?」
咲卦穂も聞き方が悪いことは自覚している。
しかし、頭があまり働かないのだ。
「ここは、わたしとあなた…
いや、わたしとあなたとあいつのせかい。」
「アイツ?」
さかほは遠くを指差した。
そこにはウニのようにトゲトゲした背の高い
人型の…ツクモが立っていた。
「…何あれ。」
「あれは…あなたならいわなくてもわかるでしょ。」
「…」
咲卦穂が取り込んだツクモだろう。
そう。かつて咲卦穂を貫いた槍。
「わたしはね、もうひとりのあなたなの。」
「もう…1人?」
「うん。わたしは…
ううん。わたしとあなたは、ながいあいだ、
だれかにいじめられてたでしょ?」
三条たち、そして、母親。
「それが何の関係があるの。」
「わたしもここにきてはじめてしったんだ。
その…わたしはあなたがくるしみからのがれたくてつくった…もうひとつのじんかく…
に、なりそこなったの…」
「ん?」
さかほが咲卦穂が苦しみから逃れるために作ったもう一つの人格…になり損ったもの。
意味がよくわからない。
「あなたが、わたしをつくろうとしてたまさにそのとき、あいつがはいってきたの。」
「…つまり、さかほ…が作られようとしたその時に、槍のツクモに邪魔された…の?」
「そう。あいつにつかまって…
たくさんいじめられた。だから、わたしは
おもてにでることもできなかったの。」
さかほが人格として表面に現れることはできなかった。
「あー…さかほはずっと、ここに?」
「うん。でも、うらんでないよ。
あなたはさいきんたのしそう。
そんなあなたをみてるだけでしあわせ。」
「…そうなの。」
「…ううん。それはうそになる。
わたしはあなたがうらやましくてしょうがない。どうしてわたしが、っていつもおもってた。」
「…ごめん。」
自分のもう一つの人格と対話するなんて、
とてもやりにくい。
ましてや、自分の中に1人閉じ込めていた状態だったなんて。
咲卦穂は驚きと罪悪感でいっぱいになった。
「そうだよね。私は無責任だよ。
苦しみを押し付けるためにさかほを作ろうとして、それで、外の世界を感じさせてあげることもなく封じ込めてさ。
私もう…嫌になってきたよ…
半ツクモ人間だってバレた以上、今までの生活ももうできない。これからどうすることもできないよ…」
「…わたしがね、あなたをゆるせるひはこないとおもう。でも、そんなことはいってられない。」
槍のツクモが近づいてきた。
「ふたりで、あいつをたおそう。」
「え?」
「あいつをたおしたあとで、あなたはわたしをたべるなりなんなりして、とりこんでほしい。」
「何言ってんの…?」
「いま、この…からだはね、
わたしとあなたとあいつがいて、
みんなそれぞれべつのすとれすをかかえてるの。
わたしはあなたをうらんでて、
あなたはじこけんお。
あいつはこの、わたしたちのからだっていうつまらないくうかんにとじこめられていること。」
咲卦穂は黙り込む。
「ひとつのからだに、さんにんぶんのすとれす。おかしくなるにきまってる。
あなたは、まだほんとうのちからをだしきれてないの。」
「だから…?だからなにさ。
私が本当の力出せてどうするの。
…今の私にはもう、ツクモヅクリを倒す義理もない。」
さかほは咲卦穂の頬を強く叩いた。
「…痛った…何すんのさ!」
「わがままいわないでよ…
あなたはわたしにないものたくさんもってるでしょ!
ゆうしゅうなぶかたち!
まもってくれるやさしいせんぱい!
ぶきようだけどつよいせんぱい!
そして…せわやきだけど、
いちばんのしんゆう!」
「だから何…」
「いま、あなたがほんとのちからだせないと!みんなしぬかもしれないんだよ!」
咲卦穂はしゃがみ込む。
ツクモだとバレた今、みんなはもう友達や、
同僚として接してくれるわけではないだろうし、なんなら咲卦穂は殺されてもおかしくない。
でも、自分のせいで人が死ぬのはもっと嫌だった。
「わかったよ…どうすればいいの…」
「あいつをらくにしてあげるの…
あいつのたましいをしずめて…ここからだしてあげるんだよ。」
「殺すの…?」
「…ううん。おそらにかえしてあげるの。」
血、血、血。
槍が刺さったところからは大量に流血する。
ツクモに変身できない咲卦穂たちはひたすら殴り、蹴りをするしかない。
でも殴るほど痛い。
蹴るほど深く刺さる。
槍のツクモは頭を抱えたり、苦しそうに暴れたりする。
咲卦穂たちは、痛いのに笑っている。
全ての行動が、互いのストレスを消し去っていくようだった。
青柳はARを何度も攻撃した。
しかし、全く通る気配がない。
龍を呼び出そうにも、ツクモヅクリに狙われてしまう可能性が高く、下手に出すことはできない。
「…お前…ハァ…ハァ…
なぜ攻撃が通らない!」
青柳は限界に近い。
「だ〜いぶ疲れてそうだねっ!
う〜…私もちょ〜っとだけ疲れてきたかな。」
ARは四方に電気を放ちながら蹴り技で猛攻を仕掛けた。
青柳は剣で捌こうとするも、全てを捌き切ることはできず、何発もの蹴りと電気を食らった。
虎城はゴーグルの男と至近距離で戦っていた。
蹴りも殴りも頭突きもなんでもありだ。
虎城は血みどろである。
しかし、ゴーグルの男はダメージを受けている様子がない。
しかも、トライガがいない今、少し離れられるだけで虎城にとっては致命傷だ。
「…なんで全然痛がらないのさ…」
「痛くねぇから。」
ダメージが通らないのは何か裏があるのだろうか。
スマートフォンのツクモを装着するかのような特殊な形態が影響を及ぼしているのか。
だとしても突破口がわからない。
槍のツクモが消えてゆく。
咲卦穂たちが攻撃し続けたからだ。
「やったね。」
「…うん。さかほ…この後どうするんだっけ…」
「わたしをたべるの。」
「食べるって言われても…」
人を食べるだなんてできない。
「いいの。わたしをすこしかじればたぶんきえるから。」
人格の統合。
咲卦穂はさかほの指を齧る。
すると、さかほの体が段々と塵になっていく。
「これでやっとわたしもじゆう。
ありがとね。咲卦穂ちゃん。」