人間を殺すと強くなる能力
今日、彼は人生で初めて人を殺した。路地裏に差し込んだ街灯の光が、死体の上に彼の影を作っていた。
死体の胸には一本のナイフが突き刺さっていた。血でてらてらと光っている体は、もうピクリとも動かなくなった。
(僕は───僕は───)
一週間前、彼はある夢を見た。
彼は両手足を鎖の様なもので縛られ、暗い部屋のカーペットの上で転がされていた。彼は夢を疑ったが、妙に感覚が生々しかった。
『やあ、起きたかい?』
声が聞こえてきた方向を見て、彼は自分が大きな丸いテーブルに囲まれている事を知った。その男はタキシードの様な服を着て椅子に座り、転がる俺を見下していた。彼に声を掛けた男以外にも何人か人間が居たが、全員顔は暗闇で見えなかった。
『ああ、夢じゃないよ。君は寝ている様で起きている。もっとも、君の体は寝ている様だけどね。』
「ここはどこなんだ…?」
『そうだね……君の居た世界じゃない、とだけ言っておくよ。』
男は足を組み直した。
『それで、ここに君が来た理由は…君がとある能力を受け取る為だよ。』
「能力?」
『人間を殺すと、その人の力や知識、体力や頭脳までも全て吸収することが出来る様になるんだ。だから、君は人を1人殺すだけで100mを7秒以下で走れる様になるし、IQは200になるんだ。悪くないだろう?』
この時、彼は何故かこれが夢でなく、本当に起こっている事なのだと確信していた。理由は分からなかった。
「代償はあるのか?」
『もちろん無いよ。君以外に能力を持っている人も居ない。──精々楽しませてくれよ。』
「ああ……上手く使って見せるよ。」
彼は青い業火に包まれてその世界を去った。
『ねぇ、今回のは面白くなりそう?』
『そうだね…この能力を面白くするにはぴったりな男の筈だ。まあ、これでダメでもまだまだ世界は沢山あるからね。』
彼は目を覚ましてすぐ準備に取り掛かった。普段なら、昨晩見た夢のせいで殺人を計画する事など、絶対にあり得ないだろう。だが、彼の心は何かに弄られた様に、それを真実だと信じて疑わなかった。
朝食を食べると、彼は隣町まで自転車を漕いだ。勿論、殺す場所を見つける為だ。
町中の監視カメラや人の目がある場所を、目立たないようにしながらよく調べていき、三日後に彼は一つの路地裏を殺す場所と決定した。監視カメラに映らない様にそこへ行くことができ、人通りも少ない。彼はさらに綿密に計画を練っていった。
そして、実行の日。彼は夜の路地裏の影に潜んで誰かが通るのを待っていた。
(この際、殺すのは誰だって良い。恐らく一番大事なのは、少なくとも10人目までをバレずのに殺すことだ。)
彼は待った。
──そして、1人目の犠牲者がやって来た。
その男は寒さにコートを着込み、タバコを咥えていた。
(……今だ!!)
彼は男の頭に金属バットを振り落とした。バキッと頭蓋骨が割れる音が響く。そのまま彼は男を路地裏の奥へと投げ飛ばした。
仰向けになった男に、彼は新品のナイフを胸に突き刺した。鮮血が飛び散り、顔の一部と手が赤く染まる。
───殺った。
確実に人間を殺した。
もう元には戻れない。
彼の額から一筋の汗が流れ落ちた。
「おい、アイツ全教科満点で一位だってよ…」
「まあ、元々一位だけどね」
試験の結果が張り出され、廊下はざわざわと騒がしくなった。特に話題の中心となったのが、彼の満点だ。
彼は既に99人を殺していた。この程度のテストならば、彼は一ヶ月徹夜した後でも解くことが出来ただろう。彼に大量殺人が出来たのも、その頭脳による側面が大きかった。…だが、流石にそれも限界を迎えている事は彼も知っていた。
1人で暮らしているアパートに帰り、彼は玄関でサイダーを飲んで待っていた。
(…今日がターニングポイントだ。そして僕は…)
「警察だ!!扉を開けろ!!お前を連続殺人の容疑で逮捕───」
その瞬間、扉を貫通したサイダーのキャップで警官は吹き飛ばされていた。廊下のフェンスを突き破り、アパートから落下していく。
「「なっ?!?!」」
「「うわぁ!!」」
「これで100人目…ここからは数えなくてもいいか」
呆気にとられた3人の警官と違い、1人の警官が腰から黒く光る拳銃を取り出し、発砲する。その銃弾は、確かに彼に当たった。
「はは…全然痛くないぞ…」
だが、その銃弾は彼に弾かれ壁に穴を開けた。既に並みの銃弾では彼を殺す事は出来ない。
「ば、バケモンが!!!!!」
4人が一斉に俺に発砲するも、彼の体には傷ひとつ付かない。彼は銃弾の嵐の中を悠々と歩き、1人を軽く殴った。
それだけで警官は恐ろしい速度で吹っ飛び、壁に穴を開けた。
「木村!!!!」
彼が手刀を横凪に振るうと、衝撃波で彼等は吹っ飛び、1人は転落し、1人は頭を強く打ちつけた。
そのまま彼はベランダから飛び降り、狩りを開始した。
被害、推定10000人以上死亡。○○県××市から始まったその悪夢は、尚も続いていた。
世界中のネット上では様々な情報が飛び交い、物議を醸している。彼はサイボーグだとか、彼は悪魔だとか、中にはチート能力を手に入れた人間なのではないかと主張する日本人までいた。
近隣住民、いや日本人全員は避難を開始していたが、亜光速で移動する彼の前で意味は無かった。
この事態に勿論自衛隊は動き出し、全戦力を投じて彼を討伐しようとした。
「うおおおおお!!!」
既にほぼ壊滅した軍の兵士の1人が、己を奮い立たせて彼にマシンガンを放った。だがそれらは全て掴み取られ、指で弾き返された銃弾で頭を貫かれ絶命する。
その一瞬の時間で発射することが出来たレールガンが彼の頭に迫るが、それは指一本で停止され、さらにそれを亜光速で弾き返し、発射台と数人は蒸発した。
「何故だ…」
「…?」
「何故人間を殺すんだ!!!!」
「…人間を助ける為だよ。」
それを聞いて、自衛隊員は呆然とした。
明らかに、あり得ない。
矛盾している。
コイツは何人も…人を殺して来たのに…人を助ける為だと…?!
「お前は、お前と同じ同じ人間を殺して何も思わないのか?!」
「…ああ。10人目くらいからかな。」
「お前は…お前は…もう人間では無い!!!!」
男は彼に走って行った。そこに虫と獅子程の差があったとしても。
彼は1200000人程殺すと、次の国へと移った。全ての国の人口の1%を殺していくのである。行く国々で軍隊に遭うが、返り討ちにしていく。徹底的に、上下関係をはっきりとさせるのだ。力を、恐怖を植え付けるのだ。
アメリカに着いた時、彼の真上から何十個もの核爆弾が降り注いだ。だが……痛くも痒くも無い。ただただ眩しいだけだ。彼は既に20000000人を殺していた。
そのまま一瞬で避難所に辿り着くと、彼は地面を叩いた。シェルターに隠れていても無駄だ。地面はばっくりと割れ、この世のものとは思えない程の地震が起こった。
全ての国の人口を1%減らし終わった頃、人類は彼に全面降伏した。彼が人類に要求したのは、次の事だった。
一つ、環境破壊を止めること。
二つ、五十年に一度、まだ自我のない子供を生贄にして寿命を捧げること。
三つ、戦争を破棄すること。
勿論人類が逆らう筈もなく、むしろ平和的な要求に拍子抜けしながら合意した。
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「おっはよ〜、たかし君!」
「おはよ、美波。そういえば、昨日ネットで見たんだけど…見ろ、これ」
スマホ──正体不明の天才の手により、環境に全く害が無いように作られたらしい──の画面には、個人ブログサイトが表示されていた。
「んーっと…8000年前にとある男が世界を一つに纏め、今の平和な世の中を作った…?彼は当時存在していた“へいき”の中でも地表を削る程の威力を持ったものでも無傷だった…?今も彼は国連に隠されながら世界の平和を裏で守っている…?こんなの、ウソに決まってんじゃん!」
美波はゲラゲラとバカにする様に笑った。
「わ、笑うなよ…。でも、本当にこんな人が居たなら……僕達はその人に感謝しなきゃね…」
「まっ、本当に居たらね。さあ、さっさと学校行こ!」
「ちょっと、待てよ〜」
この世界はこの先、いつまでも平和であり続け、進化を続けるのだろう。