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第一章 いずれ死ぬ君・前編

「まず確認だけど、あなたはなぜ私に告白されたのか、ものすごく不思議だと思うわ」

「そうですけど……」


 同級生とはいえ、ロクに話したこともないので敬語になる。

 そんな僕を気にすることもなさそうに、彩世は傲慢さすら感じられる口調で言葉を発した。



「じつは、この前拾っちゃったのよ。これ」

 そう言い、彩世は小さな黒い手帳をポケットから取り出す。

 反射的にひったくった僕を見て、彩世はにやりと笑みを浮かべた。


「やっぱり、あなたのものだったのね。その『自殺計画』」

「……それがどうかしましたか。ただの中二病ですよ」


 逃げられないだろう、と言わんばかりの笑みを浮かべる彩世に、まだやれるとしらばっくれる。

 しかし彩世には効いていなかったらしく、ゆっくりと僕を追い詰めていった。


「中二病だったら自分で自覚してないわよ。それに――中二病だったら、ここまで資料をまとめて、分析するなんてことしないわ。もうちょっと表面的な知識で満足するはずよ」


 彩世は再び僕から手帳を奪い、間違っても通行人に見られないよう、僕だけに見える具合で手帳を開く。

 そこには、僕がネットや本から仕入れた情報やグラフが書かれてあった。主には自殺方法とその致死率、後遺症などのことだ。パッと見たら専門家に見えないこともない。


「これは取引よ、守真くん。私が病気で苦しんで死ぬ前に、できる限り苦しまないで死ぬ方法を探しなさい。そのうえで、私に情報を渡すのよ」

「それがバレたら僕は自殺幇助の罪に問われるのですが」

「いいじゃない、別に。それとも、本当に中二病なの? あなた、死ぬ気なのでしょう?」


 確かに漠然と『死ななければ』という思いはあるが、今すぐ生死の決断をしようとは思わない。

 調べていないと不安になるので調べていただけだが……。でも、本当に自殺幇助の罪でも掛けられれば、僕も自分を殺す決断を下せるはずだ。


「分かった。僕にできる範囲なら、手伝おう」

「本当? 助かるわ」

「ただし」


 ふっと笑う彩世に、僕は条件を付け足した。どうしても気になることがあるからだ。


「きみが何の病気なのか。なぜ僕の手帳を持っていたのか。この2点を答えてくれ。ひとつめのものに関しては、できる範囲のものでいい」


 前者はほぼ興味で聞いてしまったため、失礼か、と懸念もあったが彩世は快く「そんなこと」と言い、語ってくれた。


「まず、あなたの手帳を持つに至った経緯だけど。私があなたの手帳の中身を偶然見てしまって――それでも、内容は特定しづらいものだったのだけれど、調べていたから分かったのよ。それで、中身が気になった私は、きみが席を外したタイミングを狙って、うまいこと取ったの。要するに窃盗よ」


 あっさり犯罪を暴露する彩世に驚く。もう少し言い訳の余地はあるのに、正直なのかバカなのか。

 僕が失礼極まりないのを自覚しながらも『彩世バカ説』を抱き、彼女を凝視していると、ウジ虫でも見るような目線を投げかけられた。仮にも彼氏なのに、僕。

 ちょっとした悲しさを感じていると、彩世は続きの言葉を連ね始める。


「で、その手帳の中身が思ったより面白かったから、恋人同士になったわけよ。同盟関係に近いものだけれど、恋人の仮面を被っていたほうが一緒にいる説明をするにも怪しまれないでしょう」

「それはそうだが」


 むしろ恋人同士になった経緯を根掘り葉掘り聞かれる気がするのだが、黙っておこう。

 もしかしたら、僕のぼっちオーラが常軌を逸しすぎて、彩世と一緒にいても何も言われないかもしれないし。


「次は、私の病気についての話ね」


 世間話でもするかのように、彩世が切り出す。もう受け入れてしばらく経つのだろうか、残り1カ月と言っているし。

 固唾を飲んだ僕を嘲笑うかのように、彩世は幼稚園児でも聞いたことがある病名を繰り出した。


「癌よ」


 時が止まったような感覚。

 永遠に続くかと思われたその空間は、11月下旬の木枯らしが吹いたことをきっかけに終わりを告げた。


「俺はあまり癌とか、病気や医学に詳しいわけじゃないが……。余命1カ月の状態でこんなにピンピンしているものなのか?」

「そうよ。もしかしたら、私だけがそうなのかもしれないけれど」


 余裕の笑みを浮かべる彩世には、焦燥の色が見られない。

 かといって、嘘を言っているようにも見えないので、どうしようか迷う。

 とはいえ、俺には癌の知識など皆無といっていいほどない。ここは彩世の言葉を信じるしかない。


「そうなのか。……まあ、できる限り協力するよ」

「助かるわ」


 彩世が細く白い手を差し出す。言われてみれば、確かに病的な美しさを放っているな、と思いながら俺はその手を握った。

 氷のように冷たい手だった。

 心の底が冷えるような感覚を抱く俺とは対照的に、楽しげな表情で彩世は口を開く。


「じゃあ、早速一酸化炭素中毒死についてと、これからの思い出作りになにするかの話でもしましょう。私、あんまり同級生と遊んだことがないから、死ぬ前にちょっと遊んでみたいのよ」

「よし、分かった。最初はどっちから話せばいい?」


 もう逃れられない死がすぐそこまで迫っているというのに、気丈に振る舞う彩世に憐憫に似たものを感じて声がいつも以上に優しいものになっていることに気がつく。

 明日誰が死のうが、僕には何の影響もない。

 そう思っていたはずなのに、いざとなれば俺もこうなるのか。


「その前にまず、LINEでも交換しないかしら。実際に会ったうえでの会話は自殺計画について、LINEでは思い出作りの話をするの」

「あ、ああ。そうしよう」


 心に黒いものが宿る感覚を持ったが、彩世の声がうまいこと相殺してくれた。内容は若干黒いのだが。


「はい、終了ね。美少女とLINEを交換できたことを幸せに思うがいいわ」

「そこまで長くなさそうだがな……」


 ふふん、と鼻を鳴らした彩世。

 僕はそんな彩世に冷ためな言葉を吐くが、顔はまんざらでもなさそうに緩んでいることを知っていた。


「じゃあ、洗いざらい話してもらうわよ。一酸化炭素中毒死と、その他楽に、確実に死ねそうな方法を」

「欲張りだな」

 詰め寄る彩世に言うと、彼女は悪びれもせずに「それがどうしたの?」と問う。


「いや。できる限り頑張るよ」

「よろしい」


 彩世は満足そうに笑った。

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